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ちょうど電車がホームに入ってきていた。それに乗ろうとした明二は呼び止められ、腕をつかまれる。
それが奈々子との出会いだった。
面倒なことはこりごりだった。だからそれ以上の関わり合いは遠慮したかった。
けれども奈々子は他の女性とは違っていた。オーラが見えないのだ。そして、他の人には奈々子が見えない――。声も聞こえず、まるで透明人間のようだった。しかもある日突然、そうなってしまったというのである。
どうしてそうなったのか、本人にもわからない。混乱のなか、生活にも仕事にも支障がでて、どうしてよいかわからなくなっていた。そんなときに、明二と出会った。
こうして、明二と奈々子の交際はスタートした。他人には奇妙に見られているかもしれないが、それも承知の上で。
明二にとっては、オーラの見えない、攻撃されない安心できる相手として。奈々子にとっては、この世でたった一人、自分を感じられる存在として。
互いに認め合える関係を築けた。
店員に見えないから、代わりに買い物もした。
そして、いつか、奈々子が誰にでも見えるようになる日が来ると、二人は希望を描いていた。
そのとき明二には、他の女性と同じように、奈々子の黒いオーラが見えるようになるかもしれない。
「それでもぼくは、そんな奈々子を……」
とても信じられるような話ではない。けれども三条はうなずいた。
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