先野光介が動く

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 先野光介、三十八歳。職業、探偵。  ハードボイルドにあこがれてこの職業を選んだが、現実はなかなか映画のようにはいかなかった。私立探偵を気取って事務所を開いたまでいいが、ろくすっぽ仕事がないまま家賃が払えなくなって廃業した。所詮、映画は映画、架空の世界にすぎないと自分を納得させたものの、〝探偵〟という職業には未練があったために、何人もの社員を抱えるこの興信所に就職して今に至っている。  仕事の内容は、ほとんどが浮気調査(この点も理想と乖離しているのだが)だった。  今も事務所の自分のデスクで作成中の報告書も浮気調査だった。面談時に会ったバリバリのキャリアウーマンは、夫の浮気を調べてくれるようカミソリのような口調で先野に求めた。相手を屈服させるような依頼者の威圧感を思い出すと、浮気したくもなるな、と同情もするのだった。  メーラーのアラートが鳴った。新たな依頼者が来る時刻だった。 「さぁ、次の仕事だ」  先野は立ち上がる。  事務所の外のスペースに設置されてあるパーテションで区切った狭い面談コーナーのひとつに行くと、一人の男性が四人がけのテーブルの上座にこしかけていた。  年齢は四十歳ぐらい。窓のブラインドの隙間から差し込む浅い角度の冬の日差しが、彫りの深い精悍な顔を照らしている。その表情に、悩みを抱えている者が放つ独特の翳りを、先野は見た――ように感じた。
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