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「はい、締めていいよ」
松浦さんが、私のレジ台の上に、トン、と『レジ休止中』のスタンドサインを置いた。
他のレジを見ると、同じ遅番で入っていたパートの鈴木さんも、同じように締めている。
「あれ、もう引きましたか?お客さん」
私はカゴを持ち上げて横向きに立たせ、サインの後ろに置く。
今日みたいなクリスマス時期や年末年始など、お客さんが特別多い日は『自然閉店』と言って、閉店時間の20時を過ぎても最後のお客さんが立ち去るまでレジを締めることができない。
けれども、今レジのモニターが表示する時間は『20:11』。
思ったより早い。
「うん。
皆家に早く帰りたいのかもね、イブ当日だし」
「はあ…そういうものですかね」
大学に入り一人暮らしを始めてからクリスマスはほとんどバイトで、イブに早く帰ろうとあまり思ったことがない。
むしろ遅い時間まで働いたほうが、クリスマスに彼氏のいないさみしい人間…と自分を悲観するヒマが無くていい。
まあ、私が彼氏いないのは、この人のせいなんだけど…
レジ締め作業を始めながら上目遣いに、ちらりと前を見る。
カゴを片づけたり、振り向いて他の売場の人に声を掛けたりしている『この人』。
イケメンかと言われたら、うーん、と首を傾げるかもしれない。
特別顔がいいってわけではないし。むしろ普通。
オシャレかと言われたら、全然分からない、と答えるしかない。
だって勤務中はこの売場の社員さん達は皆水色の上っ張りと帽子を身に付けているから。むしろそれがダサい。
だけど…
誰よりも売場で気を配って、
率先して素早く動いて、仕事が出来て、
いつも明るくて誰からも頼られて、お客さんの中にはファンになるくらいなおばあちゃんもいて、
私みたいな年下の女もバカにしないで、
なによりも飾らない笑顔でいつも笑っている、
そんな姿を毎日見ていたら、
好きにならない方がおかしい。
事実私の他にも彼のことを好きになるレジバイトはこれまで何人かいて、告白したものの、片っ端から振られていた。
と、言うか皆、彼女がいる、と断られていたらしい。
つまり、私も既に失恋している。
でも、いいよね。
私もそろそろ就活が忙しくなってきたし、この先きっとバイトの時間は減って行くだろう。
そして一年ちょっと後に大学を卒業すると同時に、この売り場からも卒業、になるだろう。
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