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喫茶店へ向かいながら、懐中時計を手に入れた日の事を思い出すーーーー。
五年前、仕事に就いて間もない俺は取引先へ向かう際、道に迷ってしまう。
「完全に遅刻だ……」
腕時計を見ながら大きく溜息をつき肩を落としていると、歯が二本しか生えていない黒い頭巾を被ったいかにもな老婆が、路地裏で手招きしている事に気付いた。
絶対に毒林檎を食わされると思ったのも束の間、老婆は考えられないスピードで俺の前まで走ってくる。
「あんた……過去へ戻りたいと思った事はないか?」
見た目通りにファンタジーな事を聞いてくる老婆だと思いながら言葉を詰まらせていると、老婆は金色に輝く懐中時計を差し出してきた。
「な、なんですか?コレは……」
「コレは時間を戻す事の出来る懐中時計……。蓋を開くだけで、未来を変える事が出来る。信じるか信じないかは、あんた次第だよ」
都市伝説的な発言を最後に、老婆は俺の手の中に懐中時計を押し込むように握らせて去って行く。
俺は戸惑いながら、懐中時計の蓋をゆっくり開いてみた。
その瞬間、走り去っていったはずの老婆がバックステップで戻って来て俺の顔を見つめる。
「信じるか信じないかは、あんた次第だよ」
そう言って去ろうとしている老婆の腕を掴む。
「ちょっと待って!なんだよコレ……時間を戻すって、数秒しか戻ってないぞ?」
「なんだ、早速使ったのかい。コレはね、5秒だけ過去に戻すことの出来る懐中時計だ。使い方次第で、あんたの未来は大きく変わる」
その言葉を最後に、老婆は再び走って消えて行った。
この懐中時計を使った所で、取引先との約束の時間までは戻せない。
意味の無いアイテムだと思いながら、俺はズボンのポケットに懐中時計をしまった。
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