神のひとり子

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 アーメン、と祈りを締めくくろうとした時、まるでさえぎるように、祈りの手をつかまれた。  ひやりとする感触。同時に今まで嗅いだことのない甘い香りがした。花の香りではない。獣からとる麝香(じゃこう)の香によく似ていた。  見上げた先には、自分にかがみ込む長髪の男。その黄金色の瞳を見たとき、世界が一瞬ゆがんだ気がした。 「そんな欺瞞(ぎまん)だらけの祈りが本当に神に通じると思っているのか? 君は嘘つきだな」 その顔(かんばせ)の、薔薇も恥じいる美しさに言葉を失う。黒髪が光をはじいて流れ落ちる様子は、とても現実のものとは思えなかった。  聖司はあわてて起きあがった。その様子を見て、黒のスーツに身を包んだ男は、くく、と喉をならして笑った。 「いや、そんな警戒心あらわにするなよ。俺は君みたいな悪い子が大好きなんだからさ」 その耳がひどく尖っていて、その上にはぐるりととぐろを巻いた角が生えていることに、今更気がついた。聖司の手首をつかんだ指の先には、まがまがしく研がれた爪。  こいつは――――
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