揺蕩う季節

4/8
65人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
「やっぱり商店街はいい。香りが確認できるからな。スーパーのパック詰めされた商品はダメだ。匂いも風情もない。それに魚売場と惣菜コーナーの匂いが混じったあの香りは毎度の事ながら頭がクラクラするよ」 饒舌に語る馨瑠さんの背中を見ながら歩く。 今日は少し肌寒い。 季節がまたひとつ、進もうとしている。 秋の終わりは何度体感してもそわそわして落ち着かない。 そんな考えを巡らせていると、どこからか甘い匂いが漂ってきた。 「あ、金木犀。僕、この匂い好きだな。ポプリにしてばあちゃんにあげたら喜ぶかな?」 僕の言葉に振り返った馨瑠さんは苦い顔をしている。 「止めておいた方がいい。金木犀は昔、御手洗の近くによく植えられていたんだ。汲み取り式の悪臭対策にね。だから、ご高齢の方は金木犀=御手洗と連想する人も多い」 「そうなんだ、残念」 「……とはいえ、私もこの匂いは好きだ」 「馥郁堂では金木犀で商品を作らないの?」 「あれは案外根気のいる作業でね。花を傷付けないように収穫して、ピンセットでゴミを取ってから抽出なんだ。やったとしても、安価では提供出来ないだろうね。それに、咲いたらあっという間に散るんだ。時間的にも間に合わない」 「それって、要するに面倒だからやりたくないって事?」 「まぁ、本音を言えばそういう事だ」
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!