そのときはプッシュバント

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○千石マリーンスタジアム ベンチ裏 記者達に「ナイスホームランでした!」と持ち上げられている伊藤(25)に、野々村結子(28)が、食いつく。 結子「あの場面、どうして打っちゃったんですか? 風がなかったらただの凡フライじゃないですか」 伊藤「うるせーな。点が入ったんだからいいだろが!」 結子「結果オーライの野球なんか面白くないって言ってんですよ」 伊藤「何だと?」 松本「キッコさぁん……」   松本(26)が心配げに、だが止めることも出来ずに結子の後ろをウロウロしている。 選手1「東都スポーツの激辛キッコだ」 選手2「あいつに食いつかれるとボロクソ書かれるぞ」 選手達はそそくさと結子の周りからいなくなる。 伊藤も、結子を振り切って逃げていく。 結子「フン!」 松本「……もうちょっとオブラートにくるんだ言い方とかできないんですか?」 結子「ほっとけ。これがあたしのやり方なの」 引き上げようとして結子と松本が振り返ると、堂本が立っている。 松本「堂本拓未……」 堂本は礼儀正しく結子に頭を下げる。 堂本「あの……」 結子「何? あんたも何か文句?」 堂本「いえ。あの、僕の番はまだですか?」 結子「番?」 堂本「僕のこと、ボロクソ書いてくれる番」 結子「――は?」 唖然とする結子。 結子N「あたしは『激辛キッコ』と呼ばれる『東都スポーツ』のプロ野球担当記者。あたしの書く『ファウルチップ』は選手を一人ずつ吊るし上げるコラムとして好評を得ている。今回のターゲットは、この堂本ではないのだけれど……」 穏やかで涼しげな笑みを浮かべながらも、その瞳は真剣な堂本。 結子、その真っ直ぐな視線の笑顔が居心地悪く、つい視線を外す。 結子「あ、あの……あたし忙しいから。じゃね」 すたこら走り出す結子。 松本「え? キッコさん? ちょっと」 追っていく松本。 取り残された堂本は、結子達の後ろ姿にまたキッチリとお辞儀をする。
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