そのときはプッシュバント

4/10

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
○同 ロッカールーム前 結子「よしっ、あとは社に戻って、と……」 駆け出そうとする結子の肩を、ポンと叩く手。結子が振り返ると堂本の笑顔。つい腰がひけ、視線を外す結子。 結子「な、何よ……」 堂本「あの」 結子「言っとくけど『あんたの番』なんて来ないわよ。今日なんか振り逃げで一塁に生きて盗塁成功、外野手の肩が弱いと見て次のシングルヒットですかさずホームまで駆け抜けた――そんな隙のない野球の出来るオトコに用はないの」 堂本「――それ、誉めてますね?」 結子「……そりゃ、まあ」 堂本が嬉しそうにニッコリする。 堂本「ありがとうございます」 結子、また居心地悪くなる。 結子「どう……いたしまして。じゃ、ね」 結子が逃げるように駆け出そうとすると、その肘をつかむ堂本。結子は漫才のようにつんのめる。 結子「――まだ何か用があるのっ?」 堂本「お願いが」 堂本の後ろからひょいと顔を出す森山文也(23)。背広姿にビジネスバッグを手にしている。 森山「どおも~」 結子、眉間にシワ。 結子「何よ、あんたは」 森山「阿武内保険の森山と申します~。なるほど、堂本の言ってた通り、素晴らしくキャリアキャリアしてるお姉さんですね」 結子「――保険?」 堂本「すみません、こいつオレの高校時代の野球部仲間で、どうしてもノルマが足りないって言うんで」 結子、肘を掴んだ堂本の手を振り払う。 結子「あたしが助ける義理がどこにあるのよ?」   結子、駆け出す。   堂本が追いかける。   結子、慌ててスピードを上げる。   が、堂本は楽々結子の前へ出てその行く手を塞ぐ。 結子「――盗塁王に叶うわけない、か……」 悔しそうな結子。 堂本「本当に申し訳ありません。話を聞くだけでもいいですから、つき合ってやってくれませんか?」 結子「嫌です。さよなら」 結子は更に堂本の横をすり抜けようとする。 すると、堂本がその耳元に素早く囁く。 堂本「風間監督との関係……公にしていいんですか?」 結子の足がピタリと止まる。 結子「――何ですって?」 結子が堂本を睨む。 堂本「あ、やっと僕を見てくれた」 結子「……あんた、今何て言ったの?」 堂本「保険屋の友達の話、聞いてやって下さいと。お~い、森山。OKだってさ」 森山が駆けてくる。 結子がもう一度堂本を睨む。 堂本はニッコリと笑みを返す。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加