そのときはプッシュバント

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○喫茶店 結子、堂本、森山の三人がパンフを広げたテーブルを挟んで座っている。 森山「ですからね、こちらが『女性独りでも安心コース』。入院した間のペットのお世話まで補償できちゃうんですよ。で、こちらが『生涯設計丸ごとコース』。一生独身でも大丈夫、マンションの購入から老人ホームの入居までの積立も兼ねて……」 (*注:架空の保険コースです) 息継ぎのヒマもないほどの勢いでまくし立てる森山。 面白くない顔でアイスコーヒーをストローですすっている結子。 森山「……で、ですね、あとはここにサインとハンコをいただければ」 ズズーッとアイスコーヒーを飲み干す結子。氷がカランと音を立てる。森山が差し出した資料の上にグラスをでんと置き、立ち上がる結子。 結子「アイスコーヒー、ごちそうさま」 結子、とっとと出て行く。 森山「ちょ、ちょっと。サインは?」 結子はそのまま外へ。 堂本、焦る森山をなだめて座らせ、結子を追って外へ出る。 結子「話は聞いたから。それでいいんでしょ?」 堂本「あのですね……」 頭を掻く堂本。 堂本「その……あいつ仕事悩んでるみたいで。何とかしてやってもらえないでしょうか」 結子「同情で保険に入るほど給料もらってないの」 堂本「いえ、そうじゃなくて」 結子「?」 堂本「実は、あいつに何かアドバイスしてやりたいんです。でもオレは口下手で、愚痴を聞くことくらいしかできないから……」 結子「だから?」 堂本「激辛キッコさんなら、的確なアドバイスができるんじゃないかと」 目を剥く結子。 結子「――呆れた。バッカじゃない」 堂本「それ。それですよ、そういうの」 歩き出す結子に歩調を合わせる堂本。 堂本「僕、キッコさんのコラム『ファウルチップ』、全部読みました。そこでは選手を辛口でつるし上げてるけれど、どれもみんな温かさを感じた――だからそれをバネに成長した選手が大勢いる。すごいことだってずっと尊敬してたんです」 結子、図星を突かれた様子で、一瞬言葉を失う。 結子「――深読みしすぎよ。あたしはただ気に入らないことを気に入らないって書いただけ。ファンの気持ちになってね」 堂本「キッコさんがそう言うならそういうことでも構わない。でも、あいつを何とか励ますこと、頼まれてもらえないでしょうか」 結子「ヤなこった」 堂本「――こっちには風間監督ってネタもあることですし」 グッと詰まる結子。 結子「……何で知ってるの?」 堂本「言ったでしょ、尊敬してるって。だから洗いざらい調べたんです、あなたのこと」 堂本、小さく頭を下げる。 堂本「お願いします」 その涼やかな笑みに毒気を抜かれ、渋々堂本について喫茶店に戻る結子。 結子N「――ダメだ。あの涼しげな瞳の笑顔にどうも調子が狂う」
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