そのときはプッシュバント

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○千石マリーンスタジアム がら空きの内野席にポツンと座っている森山。 スコアは1―1の同点で8回裏。 ノーアウトランナー一塁。 アナウンサー「さあ、ここはどうしてもランナーを進めたい場面。バッターはバントのうまい堂本です」 堂本は送りバントの構え。が、ピッチャーが投げると同時に猛烈に詰めてくる内野手を見て、突如バスター。   慌てて急停止する内野陣。が、ファウル。 次はヒッティングの構えをする堂本。今度は詰めずに待つ態勢の内野手達。   ピッチャーが投げる。   堂本は急きょセーフティバント。転がした途端に走り出す。守備陣はダッシュが一瞬遅れる。が、これもファウル。 ボールカウントは0―2。 今度は堂本、スリーバントの構え。 アナウンサー「堂本、守備を翻弄しています。堂本なら、次はヒット狙いも送りもありです。守備陣、どうするか?」 ピッチャーが投げる。と同時に猛ダッシュしてくる一塁手を見て、堂本は、コン、とボールを当てて押し出す。 アナウンサー「あーっ、強打でも送りバントでもない……プッシュバントです!」 一塁手の頭上を越えて、どの内野手もボールに手がつかない間に、堂本は一塁を駆け抜ける。 森山「……」 森山は思わず立ち上がり、一番前まで詰めて金網を握りしめる。 内野席の上の方に座って、堂本のプレーと森山を見ている結子。 ○同 外 試合後の帰り客の中に森山。結子を見つけて駆けてくる。その目は昨日とは別人のように澄んでいる。 森山「あの……」 結子「はい?」 森山「辞表、何とか取り消してもらってきます。で、その後もう一度あなたに合った保険を相談させてもらえませんか?」 肩をすくめる結子。 森山「堂本と一緒に野球やってた頃のこと……何で忘れてたんだろう」 森山、微笑んで結子に会釈し、駆けていく。 結子「あいつ、バカじゃなかったか――」 結子、少し口角を上げて見送る。
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