球場(スタジアム)に集う

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○同 外野席 結子、外野席に戻ってくる。全身山下の背番号47とその写真を貼りまくっている女性に話しかける結子。 結子「山下のファン?」 女性「うん。だ~い好きなの」 結子「一人で野球に来るくらい好きなのね?」 女性は嬉しそうにうなずく。 女性「地味だし、真田みたいに注目度ないからテレビにも新聞にも滅多に出ないでしょ? だからヒマとお金があればここに見に来るの」 結子「……真田は好き?」 女性「どうでもいいわ、あんな打たない人」 肩をすくめて笑う結子。 女性はバッターボックスに向かう山下に、歓声を上げて没頭する。 結子は席を移動、一人黙々とスコアをつけている初老の男の横に座る。 結子「スコアつけるなんて、入れ込んでますね」 初老の男「ん? いや、これが楽しいんだよ。何日も経つと忘れてしまうことが、これを見ると試合とともに鮮やかに蘇る。日記みたいなものだな」 結子「へえ」 初老の男がめくるノートには今までの試合の記録がビッシリ。時たま『観客不在のホームラン』などと注釈がついている。   目ざとくそれを見る結子。 結子「意味は?」 初老の男「観客がそんなもの求めてるもんかって、ことさね」 苦笑する結子。 初老の男「前はラジオやテレビを聞きながらスコアつけてたんだがな、最近放送してくれないでしょ、どこも」 結子「……ええ。野球人気は低迷してるから」 初老の男「逆だと思うがね」 結子「え?」 初老の男「にわかファンを作ろうとして過剰に盛り上げることに必死になる。だから昔の人気者ばかりをあおり立てる。その一瞬だけに乗る観客はすぐに忘れていく。野球の本当の醍醐味を楽しむファンは興ざめして見なくなる。そういうことじゃないのかな」 結子「……あなたは、興ざめしないんですか?」 初老の男「球場へ来れば、自分の好きな部分を見ていられる。好きな楽しみ方が出来る。メディアに押しつけられずにね」 結子、話しながらも球場で起こったことを一つも逃すまいと鉛筆を動かすその男の手を見て微笑む。 結子「お邪魔しました」 結子はまた席を移り、今度は古くさいデザインのユニホームの応援着を着た父子をのぞき込む。 結子「そのユニホーム……グレートチキンズのオーナーがまだ団栗鉄道だった頃のじゃない?」 父「おや、お姉さん詳しいね。そうそう、うちはじいちゃんの頃からグレチキのファンでね」 結子「強くても弱くても関係ない、か」 父「ま、いいときも悪いときもある。上司が部下の使い方を間違えるのもよくあることだし。野球は人生の凝縮だから」 結子「そうですね」 子ども「ボク、今少年野球のキャッチャーなんだ。将来、絶対グレチキに入る」 結子「楽しみにしてるわ」 結子、また席を移っていく。
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