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「いまのでスッキリしてしまったわ。ほんま、これが言いたくてここに通いよったんかな、おれ」
「……は?」
「おれの心残りは、あんたに正直に欲しいって言えんかったこと。それ燻らせて、大学では遊びまくった」
あのわんすけが? という驚愕は、口に出さずともしっかり伝わってしまったらしい。そんなあからさまにびっくりすんなや、と額を小突かれる。そのしぐさは昔のままで、表情だけが少し大人びて見えた。
「おれ、こう見えてモテるんじゃけんな」
「……知っとる」
「ほんまに? そら光栄じゃ」
かかかっと笑って、わんすけは大きく伸びをした。んーっと唸り声を上げるわんすけの奥に見える鎧のような骨格が、もうオレを責めてこないのに気づく。なんだ、わんすけの味方かよ、と思ったけれど、そりゃそうだ。不毛な未来を進もうとするオレを、心底祝福してくれるなんて茶番は到底ありえない。
けれど、それでもオレは選びたい。それを間違っていないと信じたい。
「わ……栄祐(えいすけ)」
風が少し冷たくなってきた。川辺の家族はいつの間にやら姿を消していた。と思ったら、すぐそこの元安橋の中央で、場所を替えてまだ川を眺めていた。光を反射する水のきらめきがおもしろいのだろう、男の子は父親に肩車されていて、母親が覗き込みすぎるわが子を笑いながら注意している。
「名前とか、呼んでくれたことあったっけ?」
「さあ。記憶にねえけど、……もうわんすけじゃないんだろ?」
「まあ、あれは高校んときのあだ名じゃもん。っていうか流星、たまにかっこええんじゃけどバイリンガル?」
「行って帰ってきて見事に混ざったの」
「はあ、ほんでか。ちょいちょい別の人と話しよるみたいでへんな感じする」
「マジで」
「うん」
別の人、か。あながち間違いではないかもしれない。オレたちは日々進化していて、同じところに留まっているようで常に動いている。あの頃のオレはもうこの世には存在しない。それがいいことなのか悪いことなのか、判断するのはオレが死ぬときそばにいてくれる誰かなのだろう。
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