盾と鉾とオレと犬

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「栄祐。オレ、昨日プロポーズされてさ」 「……え」 「すぐってわけじゃねえけど、一緒に暮らそうと思ってる」 「東京行く?」 「そう」  わんすけはさして驚いた様子も見せず、明日の時間割を確認していた当時と同じように、ただ静かにうなずいて返してきた。 「……オレ、あの頃は本気で思っとったんよ。普通に結婚して父親になる、なれるって疑いもせんかった。男しか受け付けんくせにアホゆうとったと思うけど、なんかもう……毎年墓参りするたんびに誓いを立てよるような感じで引けんくなって」 「本気なんはわかっとったよ。じゃけん、おれもあれからいやって言えんかったんじゃし」 「うん」  わんすけの受け答えが優しい。嘘がド下手なわんすけが無理してオレにあわせてくれていたことくらい、よくわかってた。対等でありたかったがためにこじれて、とてもじゃないけど対等とは呼べない関係だった。神聖な誓いを立てたところでオレだって無理は同じだ。だから続くわけがなかった。いまならよくわかる。 「……ええよ。おれが流星のぶんまでお父さんやったげるよ? 結婚して、子どもつくって、ずっとこの命を繋いでってやるけん」 「栄祐」 「ハッタリかましとるわけじゃないけんね。おれは、流星のゆったこと守ろう思って、必死にあんたのこと忘れたんじゃけん。結局あれから女としか付きおうとらんし、今だってそう。これからも貫かんと意味ないじゃろ。ほいじゃけん、おれはできるよ、実践。任せんちゃい」  わんすけだけを蔓に縛りつけて、オレだけ自由になった現実にクラクラする。それでも責める調子の感じられない彼の笑顔が眩しくて痛い。 「……栄祐」 「『いつも優しい気持ちで生きていきたい』ってな」 「……は?」 「それ」  いきなり背中のほうを指差されて、身体を捻ってみる。わんすけの指が伸びて、ベンチの背もたれに刻まれたその文字に触れた。
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