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「流星」
幾分か疲れた表情で、みのりはオレのもとに駆けてきた。さっきまでこもっていた場所独特の空気を考えたら、至極当然のことだ。
「さっき向こう岸まで渡ってたろ。見てた」
「おいおい、呼び止めてよ」
「ごめん。キョロキョロしてるみのり、かわいいなって思って」
「こっちは必死なの。さっきより人増えてるし」
「ごめんて」
子どもみたいにぷんすか怒っているのもかわいいと思う。そういえば、みのりも童顔かも知れない。歳のわりに外見が若いから、一緒にいても元店長とアルバイトには到底見えないと思う。ただ、わんすけが犬とするならば、みのりはうさぎみたい。物静かで、時々子どもみたいに感情をあらわにして、静かに擦り寄ってくる感じ。オレは年下のクセに、この人を守りたいとか思ってしまう。みのりはみのりで、オレを庇護下に置いておきたいとかよく言ってるから、きっとオレたちの愛情の質量はつりあっているんだろう。対等でありたい。オレがわんすけに押しつけて、全然叶えられていなかった希望。性的な交わりをすることでその均衡が崩れるわけじゃない、それを当時からわかっていたらどうだった? それはもう考える必要もないことか。
「これからどうする? お腹すかない?」
「今日こそお好み焼き食べたい」
「出た。言うと思った」
「昨日は結局食べられなかったし」
「いいよ。ちょっと歩けば店たくさんあるし。でもその前にジェラート食べたい」
「あ、あの橋の向こうの? あのカフェ雰囲気いいね」
「みのり好きそうだと思った」
ベンチから腰を浮かしかけると、思いがけずそれを阻止するようにみのりの身体が覆い被さってきた。オレをサンドイッチにしてベンチの背もたれをつかむから、身動きが取れない。
「なっ、なにいきなり」
「これ、ステキだね」
みのりのキラキラした瞳が吸い寄せられているのは、わんすけを征服していたあの文章だ。
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