盾と鉾とオレと犬

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. .   ☆   雲ひとつない青空のなかに、毎年夏には全国ネットで地上波に出現するおなじみの建物が映える。何度見ても、青い空によく似合うなあと思うのはなぜだろう。そこに秘められた強すぎる念のようなものが青に溶けて中和するせいだろうか。哀しくもあり、痛々しくもあり、雄々しくもあり、オレたち広島県民には見慣れた原爆資料館。ガラス張りの通路から外が見えるのが、子どもの頃は少し怖かった。 「ほんとに行くの?」 「ほんとに入らないの? 流星」 「オレもう行き過ぎだし。それに……決心が鈍りそうだから今回はやめとく。ひとりで行って」 「決心鈍られたら困るなあ」  みのりはいつも、はへ、と気の抜けたような笑い方をする。オレより十も年上のくせに全然大人ぶらなくて、いつも自然体に笑っているみのり。このほんわかしたひだまりのような男に全部預けてみたいと夢見るまでに、出会ってからそう時間はかからなかったと思う。二十歳の祝いに酒を飲んで酔いつぶれて、翌朝目が覚めたらみのりの部屋で寝ていた。事後だった。オレはろくに記憶もない状態で、男の味を知ってしまった。 「でしょ。だから待ってる。出たら電話ちょうだい。そのへんにいるから」 「わかった」 「でもどうしてそんなに行きたいの? 資料館。怖いし暗いし痛いし辛いよ? 人生変わるよ?」  真面目にそう思うので問い掛けると、みのりは「だからだよ」と静かに返してくる。 「流星の生まれ育った土地のこと知りたいから。俺さ、修学旅行風邪で寝込んじゃってずっとホテルだったの。広島に来るのもそれ以来だし。だから一度は見ておかなくちゃと思って」 「オレのクラスにもいたなあ。ずっと部屋で寝てただけのやつ」 「それ、俺」  情けない顔でみのりが言って、どちらともなく笑いが弾けた。昨日の今日だからか、ふたりの間の空気がいつもより張り詰めている。見えない一線が引かれていて、その上を声だけが飛び越えてポンポンと繋いでる感じ。少し関係性が変わっただけで、むず痒いようなこの気持ちはなんなんだろう。悪くないけど。 「じゃ、行ってくるね」 「オウ」  小さく手を振って、みのりは行ってしまった。その後ろ姿が建物に吸い込まれるまできっちり見送ってから、オレは公園に向けて歩き出す。  
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