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「……わんすけ」
「なんじゃそら、超懐かしいな」
打てば響くようにポンとレスポンスが返ってきて、ああこのノリだった、と思い出す。よりによって、なぜ今日この日にこの場所で再会しなければならないのだろうか。なにか意味はある?
「おとなり、空いてますか?」
「見りゃわかるじゃん」
「ほんなら、遠慮なく」
ふふふ、とでも言いそうな笑みで自然に隣に座ってくるから、なんとなく気まずくて少し腰を浮かせて距離を取った。わんすけはあまり目立って体型も変化なく、顔立ちもそう変わっていない。唯一、「わんすけ」が「わんすけ」たるゆえんであった髪の毛だけが、おいしそうなこげ茶色にきれいに染まってユラユラそよいでいた。パーマをかけられた髪型に、当時の面影は一ミリもない。
「何年ぶり? 六年くらい?」
「……たぶん」
「流星ちょっと老けた?」
「おまえが若すぎ」
「ほんまに? やった。流星はいまこっち?」
「ん。就職こっちでしたけぇ」
「そうなん? なんねぇ、帰ってきとんならゆってくれりゃあええじゃんね」
「……言えるわけねえじゃん」
ボソッとつい本音が出てしまう。テニスボールのように跳ねていたわんすけの声はそこで一気に速度を落とした。チラっと横目にわんすけを見遣ると、彼の横顔の向こうにドームが見え、異様な存在感をもってオレの目にジュッと焦げ痕を残してくる。
「今日は仕事は?」
仕切りなおしか、わざとらしく明るい声で彼が言う。オレの投げたボールは、結局なかったことにされたらしい。
「有給」
「へえ。おれはね、いま休憩中」
「え。このへんで働いとん?」
「そ。このベンチよう来るんよ。そんで、おまえのこと思い出したりしよる」
「は」
「なんて。冗談」
笑い飛ばす目が笑っていないのは明白で、わんすけは外見は垢抜けても所詮わんすけだなと思った。嘘がド下手。嘘と隠し事が超絶苦手な純朴少年。唯一守れた隠し事が、オレとの関係だったような奴。それでもあの頃、何度ひやりとしたか知れない。
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