盾と鉾とオレと犬

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 ぶわっと記憶がよみがえってきて、胸の奥が苦くなる。あの頃のオレとは違う。もうあれから六年も経ったのだ、外見しかり、変わっていないほうがおかしい。同じ場所に留まり、同じ仲間とつるんでいては見えなかった世界を、オレはみのりから教えてもらった。幼い頃から無意識にオレを縛りつけていた呪詛のようなものは、六年前は身体中に巻きついて離れようもなかった蔓は、いまではもう海底にたゆたうイソギンチャクの如く遠い。地上を踏みしめるオレにはもう届かない場所に、みのりが追い払ってくれた。  ただ、わんすけはそれを知らない。そして、当時オレのとばっちりを受けただけの彼には、まだその蔓は巻きついたままなのかもしれない。 「そういうお前は、どうなん」  深く追求されるのを恐れて自分から問いを振ると、彼はニッコリ笑って「うん」と軽い肯定の音を出した。後ろめたさを微塵も感じさせないその声に、胸が抑えようもなく疼き出す。後悔じゃない、やはり自分は正しかったのだという切なさのような、なんとも言えない気持ち。  前を向くと、さっき大声を上げていた母子が川べりにしゃがみこんで川面を見つめているのが目に入った。その後ろから、控えめに男の子の挙動を窺っているのは、あとからやってきた父親だろうか。振り返った母親が後ろの男性と二言三言会話をし、また息子と顔を見合わせながら水のキラキラを指差してニコニコしたりしている。どうやらもう少しわがままに付き合ってやるらしい。 「きれいな人だったじゃん」  ふいにそう呟かれて、一瞬なんのことだかわからなかった。「え?」と口にしてから、周回遅れでハッとする。穏やかだったわんすけの表情は、微かに雲を拡げてオレを見返してくる。まるで昔と変わらないような童顔でそんな表情をされると、あたかも高校時代にタイムスリップしたかのような感覚に襲われる。だってオレ達のデートの定番コースだったのだ、このベンチは。ここからの景色も、この位置から見つめてくるわんすけの瞳も、少しずつ違っているのにブレたまま記憶と重なりそうになる。
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