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「さっき一緒におった男、あれが流星の恋人なんじゃろ?」
「……見とったんならそう言ってや」
「偶然見えたんよ。やっぱりそうなん? あれが恋人なん?」
責めるような口調で畳み掛けられて、言い逃れをする余地はなさそうだと頭の隅で悟る。わかってる。いまがどういう状況であるにせよ、真実を知ったらわんすけは怒るに決まってる。
「そ。大学んときからずっと付き合っとる人。十個上。東京に住んどる」
「大学? 大学って……ちょい待ち、おかしくね?」
食い下がるわんすけの目は、まるきりあの頃と同じに見えた。憤る彼の向こう岸に見える骨格だけのドームが辛辣なまなざしでオレを突き刺してくる。
嘘つき。おまえの守ろうとしたものはどこへ行った? おまえが大切にしようとしてきたものはどこへ受け継がれる? 光を反射する川面のきらめきすら目に痛い。この土地に住んでいれば嫌でも目を背けられない土地の記憶。嫌でも知ってしまう先祖の記録。墓碑に刻まれる残酷な文字。大切に繋いできた歴史。いまこの場所が美しくいられることの奇跡。そしてその軌跡。全部がオレを責めている気がした。あんなに胸を張って宣言していたくせに。あれだけ美しい御託を並べてわんすけの望みを跳ね除けたくせに、それなのにお前はいまなにをしている? 薬指にある指輪は女性とは繋がらず、未来永劫子孫を残せない道にいる男の手を取ろうとしているお前は、どれほど無神経なことだろう。どれほど目の前の男にむごい仕打ちをしたことだろう。どれほどこの土地への誓いに背いていることだろう。そんな男がよくもおめおめとこのベンチに座っていられるものだ。
視界に入るありとあらゆる事象がオレを容赦なく責めたてる。わかってる、わかってる。そんなこと重々承知の上だった。けれど決心が揺らいでしまう。やっぱりオレは間違ってる?
「あんだけおれを拒絶しよったくせして、簡単に信念曲げよるんじゃね」
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