盾と鉾とオレと犬

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「簡単じゃない」 「簡単じゃろ。おれがどんだけゆっても聞く耳持たんかったじゃんか。それがなんなん、あの男とはヤれるん? おれとは無理だったくせしてあいつとはしとんじゃろ? なんで? 結局お前、おれのことなんかどうとも思っとらんかったってことなんか?」 「そうじゃない。あの頃はそれが正しいって思っとった。全部思い描いたとおりにできるって自信も持っとった。けど違った。オレはやっぱりどうしても女と結婚なんかできんて思い知ったけぇ、ほんで」 「ほんなん屁理屈じゃんね。おれ、おれが」  ブチ切れたわんすけがオレの左手首をギュッとつかんで強く引っ張ってきた。とっさのことに抵抗できずにバランスを崩した耳元に、ボリュームを無理やり捻じ伏せたような声がザラザラと注がれる。 「おれはずっとあんたに突っ込みたくてしゃあなかった」 「ちょ、放せや」 「ほんまに気が狂いそうじゃったけんね。思春期舐めとるし襲ってしまおうかぁ、何度も思ったけん。わけわからん御託並べよってからに、あれでわがままゆうたらそれこそおれが悪者決定じゃし、ほんまもうわやくそにしてしまいたかった」 「わ、わんすけ、おま、落ち着けぇやマジで」  六年ぶりに会った元カレに公衆の面前で襲われるとかありえない展開を想像して思わず震える。すぐ目の前を通り過ぎる老夫婦が、偶然視界に入ったであろうオレたちの不自然なポージングを同時に二度見した。息ができないほど張り詰める空気。  怯えるオレの顔を至近距離でじっとりとねめつけていた彼は、数秒間固まった後、急にブハッと盛大に吹き出した。拘束されていた手首が解放されると、とっさに胸に引き寄せて抱きしめてしまう。つかまれた衝撃以上のものでヒリヒリ痛む。指輪に触れて落ち着こうと努力した。 「アホらし。自分が情けなさ過ぎて笑えるっちゅうんはまさにこれじゃね」  一転してすがすがしく笑い倒すわんすけの思考回路がまったくもって理解できない。間抜けな顔に違いないオレを涙目で見返して、彼は軽い口調で続けた。
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