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ーはて。なんだろうこの状況は。
「太郎…っ!」
無数のハテナを頭に浮かべた俺は、ただただパチパチと瞬きを繰り返すことしかできない。白い吐息が街灯に照らされて、12月の寒空の中に消えていった。
「太郎…」
俺の名前を呼ぶ迫真に迫った声。
すっかり固まってしまった俺の腰に回る腕。
ギュッと抱きついてくる…
…知らない男の人。
(え、誰)
まっとうな疑問は言葉にならなくて、俺の頭はまっしろになった。
バイト帰りの、あと自宅まで数メートルというところで突如俺を襲った、真冬の珍事件。
もう時間は遅いとは言え、まだ人通りだってまばらにある住宅街だ。
運悪くその道を通った通行人がチラリとこちらに目をやった後、すぐに目を逸らして見なかったことにした。
見ちゃいけないものを見ちゃったって感じなんだろうか。確かに。俺が逆の立場だったら同じようにするかもしれない。そっとしておこう…という、優しさってこともありうる。
そうして動けないでいると、俺の胸にすがりつくその見知らぬ人が顔を上げた。俺はそれにびくりと身を硬くする。
彼は目に涙をためて、わななく唇を引き結び、それをふと緩めたかと思うと…
「太郎、無事で良かった」
そう言って、ひだまりのように笑った。
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