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今は八千代市になってしまったけれど、昔は印旛(いんば)郡であった土地に、村の鎮守さまだった神社がある。 大きくはない。有名でもない。 地元の人しか知らないような神社だ。 私は母の病気をきっかけに小学校二年生で、この土地へ移り住んだ。 この神社では、毎年八月の末に祭礼があって、この日は朝から男たちが白い装束に身を包み、境内で祈祷を受けたあと、お神輿を担ぐ。 酒浸りのオッサンも、ガキ大将やヤンチャ坊主も、このときばかりはキリッと見えた。 私はそれを見ながら、同級生の麻美ちゃんを振り返った。 麻美ちゃんは、冠治(かんじ)という先程のガキ大将に、小学生時代から熱を上げていた。 さぞかし見惚れてるものだろうと思ったら、 別の友だちとおしゃべりするのに、余念がない様子だ。 拍子抜けした。 だって、麻美ちゃんの代わりに宿子(やっこ)をやることになったのに。 宿子というのは、昔はその年に結婚する男女が、六畳ほどの小屋に一晩閉じこめられて、まぁ…その、アレするっていう… 宗教儀式だから、深いことを考えても仕方ない。 私の時代には、もはやそんな都合よく結婚する男女などいないので、中学生あたりがハズレくじを引かされるように、半強制で指名されていた。 一応、名誉な役割なんだけど、もちろん祭りの夜は遊びたい。 今年は、麻美ちゃんがやるはずだった。 だけど押しの強い彼女に 「おねがいっ!一生のおねがいっ!冠治と祭礼のあと会う約束になってるの!」 と頼まれ、断りきれなかった。 別にいいけど… 母の故郷であるこの土地へ来たものの、私たち一家はどうも馴染めなかった。 移り住んで一年経たずに母が死ぬと、父はもう地域にとけ込む気もなく、弟はまったく言うことを聞かず、私だけが空回りしていた。 中一になった今もそれは変わりない。 名誉な宿子をやるのも悪くない。 宿子の相手が、南くんだというのもホッとした。 この人も元々はよそ者一家だ。 ただし父親が大学の先生だということで、尊敬されていた。 南くんは、おっとりした優しい顔立ちの子で、アタマもいいし、ピアノが上手だった。 席替えで隣になったら、超うれしいタイプの人だ。
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