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しかし、変なの。
冠治って、そういう甘い約束をするような人じゃないのに。
いっつも大勢の子分を引き連れて、厳しい顔で子供たちを束ねてる。
まだ中三だけど、不思議とうちの父より大人に見えた。
村の運営以外にも興味があったのか…
当たり前か。麻美ちゃん、可愛いもんね。
私も冠治には恩がある。
母が亡くなったあと、主婦やろうとして頑張ってみたけど、当然上手くいくわけもなくて、父に「ガキが…しゃらくせぇ」と言われたのがショックで、家を飛び出した。
小学校の三年生だった当時、この地域一帯は雑木林に埋もれてた。
知りもしない道をどんどん進んでいったところで、迷子になった。
寒くて、怖くて、でも家には帰りたくない。
ここで死にたいと思った。
どれくらいか経ったあと、大人たちの呼び声が聞こえたけど、もう答える体力も気力もなくなっていた。
「お母さん…」と言ったら、ふいに灯りが私を照らした。
「みのり?…」と男の子の声がした。
その人が、私に走りよって抱き起こした。
「オヤジ!いた!」
また誰かが来た。
「いたか…おーーい、いたどーっ!」
呼びかけに答える大人の声が聞こえて、いくつか質問された。
怪我はないかとか、何だとか。
それに適当に答えた。
私は背負われた。
まだ子供らしき人の背に。
声で冠治じゃないかと思ったけど、とても信じられなかった。
とにかく、怖い人っていうか、厳しい人っていうか、村の子供の総大将やってる人で、規律に従わないと容赦なく川に叩き込むような人だった。
なんで男の子が、あんなに慕ってるのかが分からない。
その子にオヤジと呼ばれた人の声がした。
「母ちゃん死んで寂しいか」
なにも答えられない。
「コイツもいねぇよ」
そうなんだ。
そういえば、見たことない。
「アンタも母ちゃんになるんだから、いずれは強くなんなきゃ」
たくさんの大人たちが、私たちを出迎えた。
「おう。代わるぜ」
と誰かが言った。
「いい」
短く冠治が答えた。
その後も何度か大人たちが代わると言ったけど、冠治は決して代わろとしなかった。
人里で待っていた子供たちはその姿を見て、ますます男ぼれしたのであった。
父は卑屈なほど、周りにペコペコ頭を下げて、三日ほどは私にも気を使うそぶりを見せていたが、その後はまた元の傍若無人な男に戻った。
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