1

3/8
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
しかし、変なの。 冠治って、そういう甘い約束をするような人じゃないのに。 いっつも大勢の子分を引き連れて、厳しい顔で子供たちを束ねてる。 まだ中三だけど、不思議とうちの父より大人に見えた。 村の運営以外にも興味があったのか… 当たり前か。麻美ちゃん、可愛いもんね。 私も冠治には恩がある。 母が亡くなったあと、主婦やろうとして頑張ってみたけど、当然上手くいくわけもなくて、父に「ガキが…しゃらくせぇ」と言われたのがショックで、家を飛び出した。 小学校の三年生だった当時、この地域一帯は雑木林に埋もれてた。 知りもしない道をどんどん進んでいったところで、迷子になった。 寒くて、怖くて、でも家には帰りたくない。 ここで死にたいと思った。 どれくらいか経ったあと、大人たちの呼び声が聞こえたけど、もう答える体力も気力もなくなっていた。 「お母さん…」と言ったら、ふいに灯りが私を照らした。 「みのり?…」と男の子の声がした。 その人が、私に走りよって抱き起こした。 「オヤジ!いた!」 また誰かが来た。 「いたか…おーーい、いたどーっ!」 呼びかけに答える大人の声が聞こえて、いくつか質問された。 怪我はないかとか、何だとか。 それに適当に答えた。 私は背負われた。 まだ子供らしき人の背に。 声で冠治じゃないかと思ったけど、とても信じられなかった。 とにかく、怖い人っていうか、厳しい人っていうか、村の子供の総大将やってる人で、規律に従わないと容赦なく川に叩き込むような人だった。 なんで男の子が、あんなに慕ってるのかが分からない。 その子にオヤジと呼ばれた人の声がした。 「母ちゃん死んで寂しいか」 なにも答えられない。 「コイツもいねぇよ」 そうなんだ。 そういえば、見たことない。 「アンタも母ちゃんになるんだから、いずれは強くなんなきゃ」 たくさんの大人たちが、私たちを出迎えた。 「おう。代わるぜ」 と誰かが言った。 「いい」 短く冠治が答えた。 その後も何度か大人たちが代わると言ったけど、冠治は決して代わろとしなかった。 人里で待っていた子供たちはその姿を見て、ますます男ぼれしたのであった。 父は卑屈なほど、周りにペコペコ頭を下げて、三日ほどは私にも気を使うそぶりを見せていたが、その後はまた元の傍若無人な男に戻った。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!