Clair de lune 君に焦がれた私と、私に焦がれた君

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 ソロリとドアを開いて屋敷の中へ滑り込む。  使用人が寝静まったお屋敷は、息をすることさえためらうほど静寂に満たされていた。  ……大丈夫、彼にさえ見つからなければ、大丈夫………  私は跳ねる鼓動をなだめすかして自分の部屋へ向かう。  だけどその努力はすぐに水泡へ帰した。 「……おい」  不機嫌全開なのに綺麗な声。  その声がすぐ耳元で響いたかと思ったら、腕を取られて視界が反転していた。  力づくで引っ張られたはずなのに、腕も壁にぶつけた背中も痛くない。  とっさに逃げようとした体は、顔の両側に置かれた腕と私の足の間にねじ込まれた膝で押さえられてしまう。  サラリと視界を覆う、闇よりも深い漆黒。  その闇を弾く銀縁メガネと力強い瞳が、真っ直ぐに私を見降ろしている。
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