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「朱実の母親も、裁判で同じことを云ったな」
紫己は可笑しくもないのに笑う。
「嘘を吐くよりマシか」
空々しく笑い声を立て、カバーでナイフの刃を覆うと――
「もうりんごはいらない」
紫己はナイフを朱実の足もとに放り、身をひるがえした。
投げられ、ことことと振動しながら、ナイフはやがてぴくりともしなくなった。
あのときの友里花を彷彿させる。
呪縛されたようにナイフに見入り、朱実は身動きできなかった。
彼女の胸に突き刺さるナイフと、白いブラウスに滲んでいく濡れた朱の色は対照的だった。
もしもあの瞬間に戻れるのなら、自分が何をするべきなのか。
いまの朱実なら、それだけはわかる。
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