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湿気を含んだじめっとした空気が肌にまとわりつく。大学の夏休みを利用した一人旅。有馬勇誠(ありまゆうせい)が今回その行先に選んだのは瀬戸内地方だった。都内で育った有馬にとっては全くなじみのない地方。けれど一度そこに足を降ろせば、行ったこともない場所なのに、どこか懐かしさを感じさせた。
“……日本人の血ってやつかね”
そんなことを心の中で思って一人笑う。日本人の血が農耕民族としての気質を表すというのならば、確かに有馬は根っからの日本人なのだろう。両親ともに東京育ちだから、小さい頃から自然の多い田舎に行ったことなんて一度もない。それなのになぜか、有馬は幼いころから土で遊ぶのが好きだった。あの、栄養がいきわたりよく耕されたふわふわとした土。その肌触りは有馬を虜にした。それは年を重ねても変わらず、大学は農業を学ぶために農学部に進学した。そんな有馬が大学に入って始めたのが一人旅だった。夏や春の長期休暇を利用して、自然が色濃く残っている日本の地方を旅する。旅先で見る畑、田んぼ、果樹園。そしてそこに住み、農業と共にある人々。それらとの出会いとそこでの思い出が、有馬をまた一人旅へと駆り立てていく。
「――今回はどんな出会いがあるかな」
そんな独り言を残して、有馬は町の中心部へと向けて歩き出した。
潮風を浴びながら海辺沿いの道をゆっくりと歩く。目に映る景色はどこか見たことがあるようで、見たことのない景色だった。海も、山も、何度も目にしてきているはずなのに。その土地土地によって、在り方が全く違う。そこに根付く、文化と同じように。段々と道が海沿いから離れ、島の中心へと寄っていく。歩いている途中、生い茂った木々に隠れるように立っている古い看板を見つけた。展望台、という文字と共に矢印が描かれている。その矢印の差す先はアスファルトで固められた道ではなく、人が通ることによって草が生えず、自然に地面が固まってできた道だった。自分の生活圏ではまず見ることのないそれに、ついついさそわれてしまう。どうせ、何か当てがあるわけではない。寄り道してなんぼの一人旅だ。そう思って有馬は特に迷うことなく展望台へと足を向けた。
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