1日目

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結構な急斜面。けれど割と定期的に人が通るからだろうか、足場はある程度の広さがあり地面もしっかりしていた。持ってきた荷物の重さに大量の汗をかきながら、一歩一歩土を踏みしめて歩く。もう9月だというのに、まだ夏の気配が残っているからか、蚊などの虫が寄ってくるのが少しうざったかった。暑いけれど、心底長そで長ズボンを着ていてよかったと思う。じっとりと額に汗をにじませ、斜面を登りきった先。一面に広がる蒼に疲れも何もかもが吹っ飛んだ。 キラキラと眩しい程の陽の光を反射しながら、空よりも深い蒼の色をした瀬戸内の海。 遠くを鴎や海猫などの鳥が飛んでいく。 船の作る波しぶき、島へと打ち寄せる静かな波。 そんな景色が草木の緑を抜けた先に広がっていた。草木の生き生きとした鮮やかな緑と海の深い蒼の色。眼下に広がるそんな景色に、有馬は言葉を忘れた。汗をかいた体に吹き付けてくる海風が体の熱を冷ましていく。陽射しは強いのに、むしむしとした暑さがどこかへ消えてしまったようだった。瞬きする間も惜しむように、その景色に見入っていると、ざり、と地面の擦れる音が背後から聞こえた。振り向けば、少し驚いたような顔をした歳の近そうな男が立っていた。互いにじっと見つめ合っていると、男の表情が苦笑へと変化した。それを見て驚いた顔はちょっと幼く見えるななんてぼんやりとそんなことを思う。 「……驚きました。ここに島民以外の人がいるとは思わなかったので。――観光客の方、ですよね?」 そんな丁寧で柔らかな声が有馬の耳を打つ。何故だかそれは、波の音と混じってとても心地よく感じられた。初めて会った人なのに。とても、懐かしい感じがする。これも、この土地ならではの感覚なのだろうか。 「はい、ちょっと一人旅で。下の看板見て、面白そうだったんで。ついここまで上ってしまったんです」 「そうなんですか。あの看板を見つけるなんて、目ざといんですね。すっごく分かりにくかったでしょう?」 まるで目立たせるつもりがないというように草木の中に紛れ込んでしまった看板。それを思い出してそんな男の言葉に苦笑した。確かにあれはわかりにくかった。
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