1日目

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「いつの間にか、島民の中でも知る人ぞ知る、みたいなスポットになってしまってるんですよ、ここ」 だから知らない人がいて、驚きました。彼はどこか嬉しそうにそう言った。微笑みながら彼の視線は静かな海原へと注がれている。それをたどるように、有馬も再び海へと目を向けた。大きく深呼吸をするようにすぅっと吸い込んだ空気は、ほんの少し塩辛いような気がした。空気に味を感じるほどの塩分なんて、混ざっているはずがないのに。普段見ることのない、綺麗な海を視界いっぱいに見ているからだろうか。 「――――とても、綺麗な景色ですね」 口から出てきたのは、そんな陳腐な言葉。気の利いた感想を言えない自分の不器用さに歯がゆい気持ちになった。けれど、何を言っても嘘のように思ってしまったのだ。どんなに言葉を尽くしても、この景色の美しさを正しく表現する言葉なんて、無い気がして。結局迷路のような思考の先に行きついたのは、誰もが口にするような言葉だった。そう有馬が呟くように言うと、彼はゆっくりと歩いてきて有馬の隣で足を止めた。その横顔を窺う。 「綺麗、って言葉はありきたりですよね。でも、俺は本当にいいものを見た時、人が持つ感想ってとてもシンプルになるんじゃないかと思うんです。言葉を使って、感じたものを着飾って誤魔化すんじゃなくて、感じたものをうまく言葉にできなくて。ありきたりな言葉って、そんな時にみんなが使うからありきたりになるんだと、俺は思うんです。――――だから、そんなありきたりな言葉をあなたがこの景色を見てこぼしてくれたのが、本当にうれしいと思います」 途中から海ではなく、自分に向けられた彼の視線と、言葉と、笑顔。それから何故だか目が逸らせなかった。無性に、この人についてもっと知りたいと思った。もっと近づきたいと。そう思うと同時に言葉が勝手に零れ落ちた。 「あの、この島の案内をしてくれませんか?」 唐突な有馬の言葉に彼は最初のように少し驚いた顔をした。言っておきながら、有馬も驚いていた。反射のように零れ落ちてしまった言葉。 「突然、すみません。でも、ふざけてるわけじゃないんです」 そう言いながら、有馬は自分がなぜそんなことを言ってしまったのか考えていた。普段から考えなしに何かを言うなんてこと、ほとんどないのに。 「――――あぁそうか。俺、もっとあなたと仲良くなりたいんだ」
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