36人が本棚に入れています
本棚に追加
『写真に撮ってしまえば、この場で有馬君が見たこと、感じたこと、全てが色あせてしまう。それはとても、もったいないことだと思いませんか? だから、俺はできれば写真としてこの島の出来事を残すのではなく、有馬君の記憶に、思い出に、この島での出来事を残していってほしいと思う。……きっとその方が、ずっとずっと色濃く、この島のいろんなことを覚えていられるから 』
スノーフレークを一緒に見た時。酒田が、そう言ったのに。
”あんたは俺に、忘れることを望んでるんすか、酒田さん――――?”
「…………それはかなえてやれねぇよ……」
何度考えても、有馬の中に酒田との出会いをなかったことにするという選択肢はなかった。自分の言葉一つで照れたように、嬉しそうに笑うあの人は、この一週間にも満たない時間の中で、確実に有馬の特別になっていたのだから。それがどんな意味での特別なのかは自分でもわからないけれど。
”俺は、全て。あんたとの関係すらも、全て覚えたまま。この島での出来事全部を、ちゃんと持って帰る”
迷いを振り切るように、そう決めると有馬は勢いよく体を起こし、身支度を整えると階下へと降りていった。迷うことなくまっすぐとダイニングへと向かうと、酒田がほんの少し驚いた顔をした。
「おはようございます、酒田さん」
「……おはよう、有馬君」
そのままお決まりになりつつある席に腰を下ろすと、間髪入れず出来上がっていた料理が机の上に並べられていく。全てを終え、酒田が向かいの席につくのを確認してから、手を合わせて口を開く。
「「いただきます」」
綺麗にそろった言葉。それに動かそうとしていた手を止めてじっと酒田を見つめてしまう。そこにあったのは、いつものような微小ではなく、どこか困惑したような表情だった。それを見て、持った箸をそっと元の位置に戻す。
最初のコメントを投稿しよう!