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「……酒田さん、俺、考えたんです。それはもう、延々と、堂々巡りを何度も繰返して一晩中、ほとんど寝ることもなく。昨日の酒田さんの話を、俺なりに、考えたんです。悩んで悩んで、どれだけ悩んでも、結局行き着く先は同じ考えでした。――――酒田、さん」
名前を呼んで、改めて酒田をまっすぐに見据える。視線の先のその人は、不安そうに瞳を揺らして有馬を見つめていた。そんなに不安そうな顔をするくらいならば、何も告げなければよかったのに。ひっそりと、自分の胸の内に抱えてしまっておけばよかったのに。有馬はこの地を、あと数日で離れる人間なのだから。けれどきっと、酒田にはそれができなかったのだろう。なんて他人思いで、愚かで、優しい人なのだろう。
「酒田さん」
「……は、い……」
呼びかけるように名を呼べば、小さく返事が返ってくる。それに安心させるようにふわりとほほ笑む。
「酒田、さん」
「…………はい」
「……酒田さん。約束通り、今日俺、お店の手伝いしますね」
「…………は?」
突然全く関係のないことを言い出した有馬に、何言ってんだこいつ、という顔を隠すことすらせず自分を見つめる酒田を見て、有馬はまた笑う。
「俺、昨日の話を聞いて考えたんです。俺はどうなのか。今後、酒田さんとの関係をどうしたいのかって。俺が出した答えは、今までとなんにも変わらない関係でいたい、ってものでした。でも、それを言ったところで、酒田さんは信じてくれないでしょう?俺がなんて言葉を紡ごうとも、酒田さんが信じなければ何を言っても同じなんです。だから、行動で示そうと思って」
「何を……言って……」
「俺は、この島での出来事すべてを覚えて、もって帰りたいんです。いくら大事な思い出でも、いつかは色褪せてしまうけれど。……人は、忘れてしまうけれど。それでも、俺はここでのことを、酒田さんとの出会いを、一緒に過ごした日々を。歳をとると共に忘れていくんじゃなくて、なかったことにするのは、嫌だと思ったから。だから」
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