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「あの、酒田さん。俺、伝えたいことがあって。俺、俺は――――」
あなたのことが、好きなんです。そんな有馬の思いが、空気を震わせることはなかった。言葉を発する前に、有馬の口はふさがれた。酒田の手によって。
「お願い。その先を言わないで。……俺は、このまま、有馬君とは曖昧な関係でいたい。――――いいんだ、ごっこ遊びのままで。本気になればなるほど、辛いだけだって、もう知ってるから。……だから。お願いだから。……何も、言わないで」
有馬の口に重ねられた酒田の両手は、小さく震えていた。過去に酒田の身に何があったのかはわからない。けれど、こんな風に他人から恋や愛という感情を向けられても、それに気づかないふりをして。言葉にして、その関係性を明確にすることすら怖がってしまうほどに、何かつらい出来事があったことはわかった。有馬は男同士の恋愛が、どういったものかまだ知らない。それが一般的にどんな結末を迎えるのかも、何も知らない。それでも。ゆっくりと、そっと、己の唇から酒田の手を離す。酒田はそれを拒むことなく、ただ地面を見つめていた。
「ねぇ、酒田さん。――――俺は、あなたが好きです」
静かに思いを告げると、酒田はびくりと体を揺らした。それ以外の反応は何も返ってこない。
「たった一週間だったけど。あなたと同じ時間を過ごして、あなたに惹かれていって。……俺、今まで男を好きになったこと無かったから、自覚して最初は、戸惑ったりもしたけど。でも、俺は酒田さんを好きになったこと、後悔してない」
「……そんなの、何も知らないから言えるんだ。きっといつか、有馬君も俺なんかを好きになったことを後悔する時が来る」
「……まぁ、俺が男同士の恋愛ってものがどういうものなのか何も知らないっていうのは酒田さんの言う通りそうなんすけど。……でも、俺は。あなたを好きになったことを後悔するつもりは、ないよ」
酒田は何も言わず、有馬の言葉を否定するようにただうつむけた首を横に振った。駄々っ子のようなそんな仕草に、小さく笑みが漏れる。少しでも、この綺麗で優しい人の心に自分の言葉が届けばいいと思う。
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