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「ねぇ、酒田さん。顔、あげて?」
そう言うと、酒田はさらに強く首を横に振った。おびえさせないように手をゆっくりと伸ばして酒田の頤を持ち上げ、視線を合わせる。ぽろりと、目尻からこぼれた涙が一筋柔らかな愛しい人の頬を伝っていくその光景は、とても美しかった。
「……みんな、いなくなってしまう。最初から失うと、分かっているものに、手を伸ばせるほど、俺はもう、強くはないんです」
静かに涙を流しながら酒田はそう告げる。
「……誰かの思いを信じるのは、怖いですか」
「……うん」
「俺を、信じるのも、怖いですか」
「…………うん」
小さく答えを返しながら、酒田はぽろぽろと涙をこぼした。信じることが怖いというのが、つらいというように。そっと指でその綺麗な涙を払いながら、ゆっくりと有馬は続ける。
「それでも、俺には信じてほしいとしか言えない。俺は、酒田さんのことが好きだって、そんな俺の思いを信じてくれとしか、言えないんです。酒田さんが信じていないなら、俺の言葉も、行動も、何もかも、あなたにとっては無意味なものになるから」
「…………なかったことには、できないんですか。何も言わず、ただ友人以上恋人未満のような触れ合いをして、思い出にして終わらせることは、できないんですか」
「――――――それは、無理だよ。俺は、あなたのことを。あなたと見たこの島の景色を。色あせさせたくはないと思うから。……それに、俺にそれを望んだのは、酒田さんでしょう?」
「……俺は、確かに有馬君にこの島での出来事を、全て覚えて持って帰ってほしいと思いました。あわよくば、その記憶に俺の存在が少しでも残ればいいな、とも思いました。有馬君に忘れられることなく、ずっと存在を覚えていてもらえたらどんなにうれしいだろうとも」
そんな酒田の言葉に、酒田も自分のことを憎からず思ってくれていることを知った。
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