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「まだ暖かくて虫が多いので、夜になったら蚊帳をはりますね」
「蚊帳……?」
「見たことないですかね?蚊が入らないように細かく編み込まれた網を部屋に張るんですよ。気になるなら、夜を楽しみにしていてください。もしかして、湯たんぽとかたんぜんも知らない、とか?」
「湯たんぽは聞いたことありますけど……たんぜん?」
首をひねると何かに気づいたように酒田があぁ、とつぶやき苦笑した。
「そういえば方言でしたね。たんぜん、というのはどてら……よりはんてんが近いかな?まぁ、ああいうもののことです」
「――――あぁ、それなら知ってます」
「冬になると、たんぜんや湯たんぽを使うんですよ。寒い夜は特に、ね。暖房を使わずに、昔ながらの方法で暖を取るのがここいらでは普通なんです。……田舎っぽくてすみません」
「や、そういうの好きなんで嬉しいです。あ、いや、ここが田舎と思ってるわけじゃなくて」
そんな有馬の言葉に一瞬きょとんとした後、酒田は声を出して笑った。
「っはは、それ、そう思ってるって言ってるも同然じゃないですか」
「すみません、俺別に馬鹿にしてるわけじゃなくって、……俺が育ったとこと全く違う、ゆったり時間が流れてるようなこの雰囲気が好きで。だから……あぁもう!なんて言えばいいんだ!」
言葉を重ねれば重ねるほど、酒田の笑いは止まらなくなっていくようだった。酒田の笑い方が上品だからだろうか、笑われているのは自分なのにあまり不快に感じない。それどころか、喜びのような感情を覚えた自分にほんの少し動揺した。
”俺、被虐趣味は持ってねーはずなんだけどな……”
どちらかというと、冗談の種にされたりからかわれるのも苦手だ。それなのに今は全く、そういったときに感じるいつものような気まずさはなかった。そのままどうしたらいいのか困っていると、やっとのことで酒田の笑いが収まってきたらしかった。
「止まりました?何にそんなツボったのかわかんないんすけど」
「ふふっ、すみません、面白くて。別に気分を害したりはしてないので大丈夫ですよ。俺もそう言う田舎独特の空気が好きで、ここにいますから」
「……酒田さんも、ここを田舎って言ってるじゃないっすか」
拗ねたように有馬がそう言うと、また楽し気に酒田が笑った。よく笑う、明るい人だと思う。
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