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苗字と名前
「牧野ーーー」
大声で相手を呼んだ。
そこらいるのは判ってる。というか、姿、見えてるじゃん。なのに向うは完全無視。
元々幼馴染で仲はよかった。その筈なのに、中学に上がったあーらいからむ、相手は急によそよそしくなった。
呼んでも返事をしない。目も合わさない。
小学生の頃と違って、中学になると、急に男子だ女子だを意識しだすよな。
多分あいつも、そういう感覚で俺を無視しているんだろう。う思っていたけれど、こうまであからさまに無視を決め込まれると、さすがに腹も立ってくる。
「牧野! 聞こえてんだ! 返事しろよ!」
怒鳴ってみてもやはり無視。こっちの腹はムカムカが増す。
「牧…由華ーーーーーーー! 聞こえてんだろ?! 返事しろーーー!」
「何? 健太。なんか用?」
いきなり寄こされた返事に戸惑う。振り返って俺を見る相手にも戸惑う。
…え? 何で?
さっきまでがっつり人のこと無視してたのに、いきなり応答するわ振り返るわって…何で?
「やっと『名前』呼んだね。…アタシの『名前』は由華。牧野は『苗字』。中学入ったら忘れちゃったみたいだけど、『名前』で呼ばない限り、アタシは返事しないから」
そう言われてやっと気がついた。
中学に上がったのをきっかけに、男子だ女子だの意識に縛られ、自分が、幼馴染すら名前で呼べなくなっていたことに。
「由華」
「何?」
苗字でなく、名前を呼べばすぐに戻る返事。応じてくれる愛らしい笑顔。
それに、当初の用事などすっかり忘れた俺は、自分の要求を訴えた。
「今日、一緒に帰ろうか」
「…いいよ、健太!」
こちらは無意識に変えたのに、相手は昔通りに呼んでくれる俺の『名前』。それに、気恥ずかしさ以上の嬉しさを覚えながら、俺は、こちらに駆け寄って来る牧野…由華を得顔゛で待ち受けた。
苗字と名前…完
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