四人の王

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「これは先月我に捧げられた。……既に契りは交わしている」 「契りを……? そうですか、それは残念です。いらないのなら譲り受けたいと思っていたのですが」 春の木漏れ日の様な優しく穏やかな声音に、漓朱は顔を伏せたまま瞬きを繰り返した。この声の主は玉翠国の王だ。 柔らかな笑みを口元に湛え、一切癖のない長くしなやかな金色の一本に結われている髪を残念そうに揺らす。 長い睫毛に涙黒子は女性的で、彼の中性的な端正な顔立ちを彩っていた。翡翠色の宝石の様に輝く魅惑的な眸に、落ちない人間は殆ど居ないだろう。 「気分が変わり殺すくらいであれば、その前に契りを破棄して私に下さいね。大切にしますから」 「これは我の物だ。壊すのも我の気分次第、渡すつもり等ない。……漓朱よ、顔を上げるのだ」 この状況下で顔を上げさせるのはちょっとした嫌がらせなのだが、重たい頭を下げる体勢が辛かった漓朱にとってはやっと苦痛から解放される事であり、彼女はホッと胸を撫で下ろす。 「……碧禮国の王よ、あんたは俺と同じく人を嫌っていなかったか……?」 空気が凍った。漓朱の気が休まったのは、ほんの一瞬だけ。獣が低く唸る声そのものの敵意剥き出しの声音に、一気に緊張が走る。 白亜国の王と視線が絡んでしまった漓朱は、透けて星屑の様に光を放つ深い憎しみの籠った銀の眸に息を飲む。 肩に掛かるくらいの菖蒲色の髪の毛。死人の様に白い肌に、気味の悪ささえ感じてしまう。彼の周りだけ空気が違い、近寄れば殺されると漓朱の勘が騒ぎ始めた。
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