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途方に暮れる日々は続き、私の心はボッカリ穴のあいた、風が通り抜ける音が聞こえる、悲しい日々の繰り返しだった。いつも気がつけば父の残した、飲み続けたコップと言葉が、心が記された手帳をみていた。我が子の笑顔だけが私の心を救ってくれた。
忘れていたんだ。私には歌がある事を。いつも父との思い出には歌があった。それを仲間が思い出させてくれた。
ある日、バンド仲間から県外での活動を誘われ、目の前に少し光が見えた。私には歌がある、前を向いて進んでいかねばならない現実。父との思い出がありすぎるこの地を離れて暮らす事に、逃げたのかもしれない。母は大賛成してくれた。私は迷いもなく、彼等と新しい地での生活を決めた。我が子とここから始まる新しい生活に、不安もありながら、少しだけ前を向いて歩いている気がした。
移った先は姉が嫁いだ先。だから、余計に安心できた母は、さっさと追い出す様に私達の荷物をまとめていた。母の精一杯の愛情をつくづく実感した。明日は何が起こるか分からないが、私は、期待と不安で潰されそうな気持ちを手でしっかり握り、父との思い出の地を離れた。
23歳の終わりだった。
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