37人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
空気の中に冷たい悪意の棘が混じってるみたい。
息をするだけで、鼻とか喉に総攻撃されるの。
生きるのが嫌になっちゃうよね、ほんと。
冬の寒さを、そんな風にボヤきながら、風花(ふうか)は僕の腕に強く自分の腕を絡ませてきた。
僕は小雪の舞う空を見上げながら、そうだね、とだけ返す。
寂れた町の人通りのない商店街は、彼女の生命線の細さに似てる気がして、言葉が見つからなかった。
風花は僕より4つ下の23歳。
愛嬌のある笑顔を作り、鈴を転がすように軽やかにしゃべる様子は、ただ幸せな女の子にしか見えない。
けれどすべて偽り。
ダッフルコートの袖口に隠された細い手首に、まだ生々しい躊躇い傷がいくつもあることを、僕は知っている。
もう4年も一緒に暮らしているのだから。
親からの虐待、ネグレスト、いじめ。
風花がベッドで笑いながら語った過去は、あまりにも壮絶で、僕はいつも「ひどいね」としか返せなかった。
結局のところ、風花の心を壊した原因を探ることにも、治療を試みることにも疲れ、僕はただ、彼女が違法なドラッグに手を出さないようにだけ注意しながら、漠然と日々を過ごしている。
「優一が私といっしょに居てくれるのは、体の相性がいいからなんでしょ? でもいいよ。それって私の自慢だもん」
事ある毎にそう言って、猫のように体を寄せて来る風花に、ぼくは「それだけじゃないよ」と笑うのだが、あえて他に彼女の良いところを見つけてあげる努力はしなかった。
実際風花の体は麻薬のように甘美で妖艶で、それでいて不思議なほど穢れを感じさせなかった。
その甘い体を抱くだけで満たされ、哀れな風花の事も満たしてやれているのだと感じていた。
その感覚だけで、充分だった。
親とも世間とも縁を切り離し、他人を恐れ、生きるのを恐れる風花は、ここに居るしかない。
僕が彼女のためにこれ以上何かを犠牲にしたり、取り繕う必要はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!