巻き戻せない時間と僕の罪

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空気の中に冷たい悪意の棘が混じってるみたい。 息をするだけで、鼻とか喉に総攻撃されるの。 生きるのが嫌になっちゃうよね、ほんと。 冬の寒さを、そんな風にボヤきながら、風花(ふうか)は僕の腕に強く自分の腕を絡ませてきた。 僕は小雪の舞う空を見上げながら、そうだね、とだけ返す。 寂れた町の人通りのない商店街は、彼女の生命線の細さに似てる気がして、言葉が見つからなかった。 風花は僕より4つ下の23歳。 愛嬌のある笑顔を作り、鈴を転がすように軽やかにしゃべる様子は、ただ幸せな女の子にしか見えない。 けれどすべて偽り。 ダッフルコートの袖口に隠された細い手首に、まだ生々しい躊躇い傷がいくつもあることを、僕は知っている。 もう4年も一緒に暮らしているのだから。 親からの虐待、ネグレスト、いじめ。 風花がベッドで笑いながら語った過去は、あまりにも壮絶で、僕はいつも「ひどいね」としか返せなかった。 結局のところ、風花の心を壊した原因を探ることにも、治療を試みることにも疲れ、僕はただ、彼女が違法なドラッグに手を出さないようにだけ注意しながら、漠然と日々を過ごしている。 「優一が私といっしょに居てくれるのは、体の相性がいいからなんでしょ? でもいいよ。それって私の自慢だもん」 事ある毎にそう言って、猫のように体を寄せて来る風花に、ぼくは「それだけじゃないよ」と笑うのだが、あえて他に彼女の良いところを見つけてあげる努力はしなかった。 実際風花の体は麻薬のように甘美で妖艶で、それでいて不思議なほど穢れを感じさせなかった。 その甘い体を抱くだけで満たされ、哀れな風花の事も満たしてやれているのだと感じていた。 その感覚だけで、充分だった。 親とも世間とも縁を切り離し、他人を恐れ、生きるのを恐れる風花は、ここに居るしかない。 僕が彼女のためにこれ以上何かを犠牲にしたり、取り繕う必要はなかった。
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