巻き戻せない時間と僕の罪

3/6
37人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「ねえ、もしも優一に、時間を巻き戻す力があったら、どうする? それも一回だけ」 閉まったシャッターに張り付けられた、古い映画のポスターを見ながら風花が言った。 タイムトラベラーの少女が主役の、青春ファンタジー映画だ。 「一回きりなら悩むなぁ。自分のために使うか、他人のために使うかも悩むし。……そういえばさ、子供の頃夢を見たんだ」 「どんな?」 「魔法使いが出て来てさ。一回だけ、時間を巻き戻す力をお前にあげよう、って言って、呪文を教えてくれた」 「へ~、どんな呪文? 覚えてる? 唱えてみたの?」 「目が覚めても覚えてたけど、一回きりじゃもったいなくて、唱えなかったよ。そのうち呪文も忘れた」 「それこそもったいないじゃん」 「ただのガキの夢だよ」 僕は笑ったが、風花はそこで立ち止まった。 風花の手が僕から離れ、僕は思わず振り返る。 「ねえ優一。私に使ってよ、その力。巻き戻してよ。私が生まれる前に。もっと前でもいい。両親が生まれる前でも、地球が生まれる前でもいい」 ぽっかりと黒い目を見開き、瞬きもせずに優一を見つめる姿は、やはりまともな女性の表情とは違っていた。 こんな所で発作を起こされるのはマズイ。 僕はいつものように手慣れた微笑みを浮かべ、風花の肩に手を回した。 「時間を戻しても同じだよ。きっと風花はまた生まれて来るし、僕らはやっぱり今日ここで、寂しい商店街を歩きながら、安い定食屋を探すんだ」 「じゃあ、私だけを巻き戻して。私が私になる前まで。ケシ粒にして、踏みつけて」 風花のぽっかり空いた瞳孔は、縮まない。 「そう言う発想も面白いよね。でも言っただろ? 残念ながら僕は呪文を忘れてしまったんだ。そんなことより、もっと大問題だ。ほら見て。行く予定だった安くて美味しい定食屋のシャッターが閉まってる。第3日曜日は、定休日だったみたいだな。 他を探す? それともコンビニ弁当で我慢する?」 僕は出来るだけ明るい声を出してみた。 もう、らちの開かない問答はうんざりだった。 風花はようやく人間らしい表情にもどり、視線を定食屋の閉まったシャッターに向けた。 「そうだよね。きっと優一は使わないよね。私のためなんかに。いいよ、分かってる」 「え?」 「大事な事は、自分のために取って置く人だから」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!