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「ねえ、もしも優一に、時間を巻き戻す力があったら、どうする? それも一回だけ」
閉まったシャッターに張り付けられた、古い映画のポスターを見ながら風花が言った。
タイムトラベラーの少女が主役の、青春ファンタジー映画だ。
「一回きりなら悩むなぁ。自分のために使うか、他人のために使うかも悩むし。……そういえばさ、子供の頃夢を見たんだ」
「どんな?」
「魔法使いが出て来てさ。一回だけ、時間を巻き戻す力をお前にあげよう、って言って、呪文を教えてくれた」
「へ~、どんな呪文? 覚えてる? 唱えてみたの?」
「目が覚めても覚えてたけど、一回きりじゃもったいなくて、唱えなかったよ。そのうち呪文も忘れた」
「それこそもったいないじゃん」
「ただのガキの夢だよ」
僕は笑ったが、風花はそこで立ち止まった。
風花の手が僕から離れ、僕は思わず振り返る。
「ねえ優一。私に使ってよ、その力。巻き戻してよ。私が生まれる前に。もっと前でもいい。両親が生まれる前でも、地球が生まれる前でもいい」
ぽっかりと黒い目を見開き、瞬きもせずに優一を見つめる姿は、やはりまともな女性の表情とは違っていた。
こんな所で発作を起こされるのはマズイ。
僕はいつものように手慣れた微笑みを浮かべ、風花の肩に手を回した。
「時間を戻しても同じだよ。きっと風花はまた生まれて来るし、僕らはやっぱり今日ここで、寂しい商店街を歩きながら、安い定食屋を探すんだ」
「じゃあ、私だけを巻き戻して。私が私になる前まで。ケシ粒にして、踏みつけて」
風花のぽっかり空いた瞳孔は、縮まない。
「そう言う発想も面白いよね。でも言っただろ? 残念ながら僕は呪文を忘れてしまったんだ。そんなことより、もっと大問題だ。ほら見て。行く予定だった安くて美味しい定食屋のシャッターが閉まってる。第3日曜日は、定休日だったみたいだな。
他を探す? それともコンビニ弁当で我慢する?」
僕は出来るだけ明るい声を出してみた。
もう、らちの開かない問答はうんざりだった。
風花はようやく人間らしい表情にもどり、視線を定食屋の閉まったシャッターに向けた。
「そうだよね。きっと優一は使わないよね。私のためなんかに。いいよ、分かってる」
「え?」
「大事な事は、自分のために取って置く人だから」
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