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そう言って振り向いた風花の表情は穏やかで、まるですべてを悟った女神のようにも感じられた。
正直ムッとした。そんな嫌味を言われるようなことを僕はやっていない。
「それって、喧嘩売ってる?」
「違うよ、そんなつもりじゃない」
「じゃあ何なんだよ」
思わず強い口調で睨みつけると、風花は一瞬たじろぎ、そしてそのあと、愛らしい笑顔で武装した。
「ねえ、……魔法使いのお爺さんがいるの。知ってる?」
偽りの笑顔が張り付いた口から出てきた言葉に、僕は再び面食らった。
「なにそれ」
「稲荷神社の森の外れに、不法投棄のミニバンがあったでしょ。あそこに、お爺さんが住み着いてるの、知ってる?」
「ああ……。あのホームレスなら知ってるよ。何回か見たし、コンビニでバイトしてた友達が、期限切れの弁当をよく漁りに来てるって言ってた。汚くて臭いから、二度と来るなって追っ払ったらしい」
「あのおじいさんよ」
「何が」
「魔法使いなんだって」
僕は何と答えていいのかほんのちょっと迷った。
目の前にいる女は、本当にこのまま一緒に暮らして大丈夫な女なのだろうか。
泣きそうな笑顔で妄想ともジョークともつかない話題を振り、唇を震わせる。
そうやって初めて出会った他人を見るような目で、僕を見る。
「それで? その魔法使いのじいさんがどうしたんだよ」
「願いを叶えてもらおうと思って」
「……へえ。そりゃあいいね」
「ね。良いと思うでしょ? 優一の部屋で手首を切るより、良いと思ったの」
風花は笑った。
偽りのない、ほっとしたような笑顔に見えたが、僕は心の奥底が冷えて固まって行くのを感じた。
もう潮時なのかもしれない。
何度夜を重ねたって、何も変わらない。
僕は結局この女を救えない。無力感と、やるせなさにばかり苛まれる。
手放すなら、今なのかもしれない。
「いつ行くの?」
「今夜。雪が降る前に行こうかな。願いを叶えてもらうんだもん。なにか温かい差し入れ、持って行こう」
「何を願うの」
「消してもらうの。わたしを、全部」
「ヤラレて、殺されて、あそこの山に埋められる。それが望みなの?」
「じゃあ、優一は何かしてくれるの? 私のために、時間を戻してくれるの?」
たった一回の力を持っていたとして、それを私のために使ってくれるの?-----
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