巻き戻せない時間と僕の罪

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まだ笑顔を浮かべて僕に歩み寄ろうとしていた女児をゆっくりと抱き上げると、老人はバンの中に姿を消した。 バンの窓には幕が張ってあり、老人も女児の姿ももうどこにも見えない。 僕はそこに立っていることも苦しくなり、重くなった体を引きずって、来た道を戻った。 老人が魔法使いだなどと、信じてはいないはずなのに、あの女児は確かに風花だったような気がして、そのことが胸を締め付ける。 幸せに笑っていた風花。 僕の手を離れては、幸せになどならないと思っていた風花。 僕は風花を幸せにしたくて一緒にいたのではなく、僕の手を離れてしまったら、もう幸せにはなれないんだよ、と思い知らせたかっただけなのかもしれない。 だから、老人の元で幸せに再生した風花が許せなかった。 『触るな』 老人はすべて見透かしていたのかもしれない。 その自分勝手な汚らしい手で、彼女に触るな……と。彼はそう言ったのだ。 ゆっくりと寂しい国道沿いを歩く僕の頭に、肩に、丸めた背に、雪が降り積もる。 4年間、ずっと傍に居た風花がいない孤独が、こんなに苦しいものだと思わなかった。 『ねえ、もしも優一に、時間を巻き戻す力があったら、どうする? それも一回だけ』 風花の声が脳裏によみがえる。 『ねえ優一。私に使ってよ、その力。巻き戻してよ。私が生まれる前に。もっと前でもいい。両親が生まれる前でも、地球が生まれる前でもいい』 必死の声を思い出して、僕はフッと、息を吐いた。 『そうだよね。きっと優一は使わないよね。私のためなんかに。いいよ、分かってる』 拗ねたような、それでいて必死に縋りつく様な、あの日の風花の声を思い出す。 舞い散る雪と、寂しさであふれ出した涙で前が見えなくなった。 ---- 会いたい 僕は、幼い頃夢の中で教わった、時を戻す呪文を大声で唱えた。 忘れずに覚えていた呪文を、泣きながら何度も唱えた。 風花、君に会いたい。赤ん坊の君じゃなく、僕と出会う前の君じゃなく。 僕のアパートを出て行く前の君の手を掴んで引き寄せて、 お願いだ、このどうしようもない僕の傍に居てほしい! と。 この呪文で時を戻せたら、声が枯れるまで、そう叫びたかった。       (END)
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