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1  気づけば真っ白な壁に囲まれた道に一人立っていた。不思議と鳥や木々の囀りすら聞こえない。壁の白とアスファルトの黒のコントラストの中に佇んでいる自分は明らかな異質だった。曲がれども曲がれども続く、変わらぬ風景。進めば進むほど失われていく現実感。明確なのは自分だけ。それすら曖昧になろうとした時、道の先に見えた翠(みどり)。吸い寄せられるように近づくと、開いている大きな門の先に緑が碧々(あおあお)と繁っていた。 ―――――――――――――――。 何故、躊躇いもなく足を踏み入れたのか。今から何度振り返っても靄がかかったような気持ちしか思い出すことはできない。けれど再び同じ岐路に立ち、選択肢を与えられてもきっと同じことを繰り返すのだろう。 足を踏み入れた、幽邃(ゆうすい)な庭園。庭というより森に近い木々の間を抜けた先には、開けた場所があった。木々に遮られ、忘れていた光が強く目を射す。光の多さに霞んだ視界。薄朧に見えたのは鮮やかな紅だけだった。鮮明な視界を取り戻そうと速い瞬きを繰り返している最中に声をかけられた。 “あら、迷子かしら” 空気を震わせた、鈴を転がしたような音。色彩の戻った目に見えた紅の着物を着た女性。縁側に腰掛けた彼女は笑いを含んだ瞳を向けていた。 彼女の名は――――――――。
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