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「……まだ少し、具合が悪いのかな」 困ったような笑みを向けられて我に返った。じわりじわりと顔に熱が集まってくる。それを誤魔化すように慌てて口を開いた。 「いえ、大丈夫です。すみません、ご迷惑を……」 逸らしていた視界のなかに男の秀麗な顔が至近距離に突然現れ、言葉が途切れる。目を逸らせない。 「まだ、顔が赤いようだけれど」 言葉が出てこず、ただ首を横に振る。じっくりと優都の様子を観察して満足したのか男はかがめていた身を起こした。自分と男の間にある程度距離ができて安堵の息を漏らす。 「動けるようなら、着替えるといい。そのままだと風邪をひいてしまうから」 そう言って差し出された服を反射的に受け取ってしまい、慌てて断ろうとした声は男に遮られた。 「変な遠慮はいらないよ。先刻横になっていた所の襖を閉めて着替えておいで」 見知らぬ人のものを借りるというのには少なからず複雑な感情を抱いたが、男の穏やかな雰囲気と言葉に甘えさせてもらうことにして、簡単にお礼を述べて襖を閉めた。襖の反対側で男がどこかへ遠ざかって行ったのを確認すると、体から力が抜けた。ずるずると襖にもたれかかるようにして座り込んでしまう。 “びっ………くりした……………” まだ鼓動が耳元で激しく鳴っている。低く、体を内から震わせるような声。綺麗な顔。気だるげに着物を羽織っているのさえ様になる姿。どこからどう見ても同性だとわかるのに、あまりの綺麗さに動揺して、速くなった鼓動はなかなか元に戻ってはくれない。数回深呼吸を繰り返していると段々と収まっていった。落ち着くと、じんわりと湿った服が体にまとわりついて気持ち悪かった。道に迷っている間の強い日射しと今の動揺のせいで、自分で思っていたよりも多く汗をかいている。とりあえず着替えようと服を広げてみると浴衣のようなものだった。和服など着た例がない。着方がわからないので、さっきの男の姿を思い浮かべてそれを何とかまねて着てみたものの、帯だけはどうすればいいかわからず途方に暮れていると、襖の外から声がかけられた。 「着替え終わったかい?」 「あ……の、帯が……」 「――――あぁ、そうか。少し、失礼するよ」 たったそれだけで男は状況をあらかた把握したらしく、音もなく襖を開け近寄ってきた。手に持っていた帯を男は抜き去って手に取り、手慣れた様子で帯を巻いた。
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