ボランチ

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「キヨさん! お久しぶりです!」  すぐに電話に出た清川の信頼する元日本代表ボランチ、森 (はじめ)の声は相変わらず若々しく力に満ちていた。 「……こら、パパは今大事なお話してるんだから……あ、すみません。キヨさん来シーズンからJ3のチームを率いるんですね! ニュース見て驚きましたよ」  賑やかな電話の向こうには、幸せそうな家族の団らんがあった。  清川は不意に罪悪感に襲われる。自分は今からこの家族にヒビを入れてしまうかもしれないのだ。 「その話なんだが……イチ、J3に来てくれ」  一度頼んで、迷いや戸惑いが帰ってきたら諦めよう。そう思った清川は、ストレートにそれだけを告げた。 「わかりました。今シーズンの契約は12月末まで残っていますが、ウチのチームは天皇杯も敗退してますし、12月の頭から行けます」  何の迷いもない森の返事を受け、逆に清川が慌てる。 「J3って言っても今年はJFLの優勝チームがアマチュアだったから入れ替えが無かっただけで、最下位の……アマチュア並みのチームだ。金もない。施設もアマチュア並だ。俺はお前の家族に対して責任を取れないんだ、よく考えてから――」 「キヨさんが居るじゃないですか」  言い訳をする清川を遮り、森が答える。 「どんなチームだってキヨさん……清川監督が居る。僕を呼んだってことは、そのチームが勝つには僕が必要って事ですよね? どうせもう現役生活も長くありません、必要とされる場所があるなら、僕はそこでサッカーをやりたい。家族だって分かってくれています」 「イチ……」 「それから、僕の家族に対する責任は僕が取ります。監督が責任を取るべきなのはピッチの中だけです。だから、優勝……お願いしますよ」 「……おう、まかせろ。お前の経歴に『J1からJ3まで、全てのディビジョンで優勝した最初の選手』って書かせてやるよ」  涙に震えそうになる声を抑えこみながら返事を返し、「楽しみにしてますよ」と言う森の笑い声を聞きながら、清川は電話を切った。  12月、まだ前チームとの契約が残る森は「練習参加」と言う名目でチームに合流する。  「日本有数の監督」に続く「元日本代表ボランチ」の合流で多喜城市全体が盛り上がる中、現有選手との契約更改が始まった。
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