プロローグ:夢の終わり、夢の続き

2/5
前へ
/114ページ
次へ
 日本にプロサッカーリーグが誕生して数十数年が経ち、サッカー未開の地と呼ばれた東北地方にもJリーグのチームも増えてきてはいた。  しかし、宮城県沿岸の小さな街、多喜城市(たきじょうし)には、まだプロのサッカーチームがなかった。  全国に沢山の支店を持つIT工場のアマチュアサッカーチームが廃部になり、市民はクビになった選手たちと共にこのチームを市民クラブとして再建することを望んだ。  社会人サッカーチームを経て、JFL、J3と着実に階段を登り、一度は最下位争いからJFL降格間際まで落ちたこのチームが、今、J2への昇格をかけた試合を戦っていた。 「おい! もっと詰めろ!」 「前! プレスかかってない! 後ろ! ライン上げろ!」  清川(きよかわ) 清彦(きよひこ)監督のピッチ外からの声は、試合に没頭している選手には届かず、彼は帽子をピッチに叩きつけた。  前のチームを成績不振で解任されてから1年半、彼はここを立て直すと言うミッションを受け、それは達成間近に見えた。  ……正直、所詮J3(3部リーグ)の最下位を争う戦いをしていたチームに彼が叩き込んだ戦略は、半分アマチュアのような選手たちには高度なものだった。  J1優勝チームを何度も率いてきた監督の戦術だ。攻略法と言ってもいい。  全部覚えて実践出来ればそれは最高のものになれるのだろうが、それは今のチームには無理な話。割りきって2割でも3割でも理解し、少しずつその動きができるようになっていけばいい。  そう考えてチーム作りをしてきた多喜城(たきじょう)FCだったが、幾つもの奇跡のような出会いに恵まれ、僅か2年足らずで昇格闘いの舞台に上り詰めることになった。  監督の戦術を実践出来ればJ2昇格、引き分け以下なら来年もアマチュアとプロの入り混じったこのJ3で戦うことになる。  優勝を争うと言う姿を見せた貧乏クラブの彼らは、シーズンオフの草刈り場になるのは目に見えていた。  今年のこのチャンスにJ2へ昇格できなければ、主力選手は引きぬかれ、以前のような最下位争いのチームに逆戻り。  来年もう一度初めからチームを作りなおす財政的余裕など無いこのチームには、正に存亡のかかった一戦と言えた。
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加