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峠の坂を登り切ると、海が見える。見えるといっても視界はそんなに開けているわけじゃない。下に広がるみかん畑の木々の間から見える、ちょっとケチくさい絶景だ。港まわりの古い街並み、停泊する漁船、遠くに霞んで点在する島々、細波ひとつ立たない穏やかな海。この島の象徴的な景色。
通学路の県道は、島をぐるりと周るように海沿いを走っている。わざわざここまで来なくたって、いつも海は隣にあるけれど、峠から見えるこの光景は、多少ケチくさくたってやっぱり特別だった。
夏の終わり。カレンダーは9月に入っているけれど、まだ夏は終わっちゃいない。隣で息を切らしながら海から来る風に吹かれている腐れ縁のカッターシャツに、汗がにじんでいる。道路の端に寄せた2台の自転車。メタルのボディーに反射する日差しがまぶしくて、思わず目を細めた。
「もーくんちゃんどこで鍛えとるんよー、ついていかれんわぁ」
「鍛えとらんわ、お前とおんなじじゃ。帰宅部の体力なめんな」
「おっかしーなぁ。なんで全然はぁはぁ言うとらんのー」
そう言いながら、腐れ縁の神垣 竣(カミガキ シュン)は、ゆるくうねる茶色い髪をかきあげた。ツーブロックにしているからか、暑そうな印象はあんまりない。校則に染髪禁止とか一切ないゆるい高校だから、シュンの髪色は決して珍しくはない。腰履きしたスラックスの裾は擦り切れそうだし、永久にお役御免な第一ボタンの胸元から、ごついシルバーのチェーンものぞいている。こいつってホントに……、
「田舎のヤンキー」
「誰がよ」
「お前しかおらんじゃろ」
「せめてチャラい言うてぇや」
「田舎は合うとるんか」
「そこは仕方ないわ」
ふははっと笑って、シュンはけちくさい海に目を向けた。
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