第1章

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彼もまた 「ありがとう」 と言って、その電話を切った。 クレーム処理は、カウンセラーのように相手の話を聞いてあげる愉快な仕事だ。 お客様の初体験の場所や、カラオケの十八番、スマホのパスワードを、聞かされたりする。 松本人志のボケよりも、予想外な方向へ話は飛んでいく。 うまくいかない毎日という、すべらない話がここには集まってくる。 僕が会話という闘いの中で、人の心を操ることに長けていることに気づいたのは、中学2年生の時のお正月だった。 遅くまで起きることを許された僕は、大人たちに混じり、闘いを挑んだ。 勉強を頑張れ、部活でレギュラーをとれと、軽く説教されたが、夜明け前には、お小遣いが少なくて大変だという話になり、13人の諭吉さんをお迎えすることができた。 大手家電メーカーに就職した僕は、仲良くなったエンジニアたちを朝まで働かせ、人の心が読める機械を発明させた。 すぐに弱みを握り、エンジニアたちが特許を申請できないようにし、さらに休日にはタイムマシンを作らせた。 日本中の工場を周り、エンジニアたちが隠している技術を盗むことで、タイムマシンはあっさり完成した。 さすがは、技術大国日本。 カップラーメンを開発しただけのことはある。 僕はタイムマシンに乗って、仕事の都合で見に行けなかった2012年の箱根駅伝を見に行った。 ひどく、つまらなかった。 結果がわかっていると熱狂しきれないどころか、見ている時間が苦痛だった。 僕は現代に帰ると、同僚のエンジニアに、記憶を消せる機械を作らせた。 どの記憶を消して、どの記憶を残そうか思案したが、まるでDVDレコーダーの録画を消す作業のように実にくだらないことに思えてきた。 全部消してしまおう。 また、海辺のカフカを読んだ衝撃、絶望的なフリーザの強さ、手放しで自転車を乗れたときの爽快感を味合うのだ。 ここはどこだろう。 熱い液体を注いで食べる、この食べ物はなんだろう。 この満ち足りた気持ちはどこにあったのだろう。 怖いくらい、未来が輝いて見える。 3分後は、また何に衝撃を受けることだろうか。
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