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一九八〇年四月、北海道の留萌署の一角。デスクで煙草をくわえながら多村光蔵は、調書を書く。
最近はワープロなんて代物が普及してきつつあるらしいが、多村は調書は自分の手で考えながら書いてこそ捜査の見落としや新たな糸口の閃きなどが浮かんでくると思っているので手書きにこだわっている。
道警内では、多村は現場叩き上げでかなりの実績を上げてきた名刑事と言われているが、多村はこう思っている。
当たり前の事を当たり前に、足を使ってどこへでも飛んで行き、聞き込みで聞いたどんな些細なことも、漏らさずびっしり書き込んで、終いにはボロボロになるくらい書き込んだ警察手帳のページの積み重ねが、数々の事件を解決に導いてきたと。
そこに、上司である刑事課課長の広川が近くに来て声を掛ける。多村より年下である。
広川は新人刑事時代、多村の直属の部下であり、当時は多村に刑事のイロハをビシバシ厳しく教えられて鍛えられた。
現場主義の多村は、現場に出ることが少なくなる管理職を嫌い、もっともっと昇進してもおかしくない多数の実績があるにもかかわらず頑なに昇進を拒み、未だヒラの刑事だ。階級も巡査部長止まりである。
よって、今では広川の方が昇進し上司になっていた。
「多村さん、今日活きの良い新入りのデカ二人が入ってくるんだけど、色々頼むよ」
「なんだぁ? 今日はガキ二人のお守りか。これ済んだらちょいと昼飯食ってくるからよぉ。それまで頼むわデカチョー」
「いやいや、多村さん、二人だけのときは広川でいいですよ。やりずらいなぁもぅ」
「ガハハ、俺は部下ですからね。デカチョーと呼ばせてもらいます。昔強盗犯取調べで、強盗犯に掴みかかられてションベンとダイベン漏らした新米刑事の事は、内緒にして墓場までもって行きますぜ」
「たっ多村さんそれだけはそれだけは絶対に秘密に……」
「はい、デカチョー。飯食ってきます」びしっと敬礼をする多村。
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