岬の家

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「帰ってきたんと違う?」  姉の汐浬(しおり)が、マニキュアを塗った指先を吹きながら言った。 「誰が?」  風呂上りの母はパック中だ。 「東(あずま)家の跡取りは長男夫婦しかおらんやん」 「そうじゃけど、あの人らぁは東京に家があるし、今更帰って来んじゃろ」 「定年退職して田舎に戻る人は多いよ? そろそろリタイアする歳じゃろうし」 「そうだった? よう覚えちょるね」  懐かしいものを探すように、汐浬は窓の外を見た。  レースのカーテン越しに、海に浮かぶ明かりがある。 「同級生の子がおったんよ。覚えちょらん? 夏休みなると家族で帰省してきよったぁね」 「そう言えばそんな子がおったねぇ」 「中学くらいまで来よったよ。海でよく遊んだっちゃ。名前何じゃったっけ」 「ひろ何とかじゃなかった?」 「そうそう! 洋信(ひろのぶ)じゃった。メガネデブのヒロ坊!」  言った途端に何を思い出したのか、汐里は膝を叩いて笑い転げた。 「牛乳瓶の底みたいなメガネしてさ、こーんなぶくぶく太ってて、泳げなくていつも浮輪につかまって浮いちょったんよ。生っちろい体で、クラゲみたいにさ」 「これ汐浬! あんたその子をいじめちょらんじゃろうね?」 「いじめちょらんって。夏しか会わんし、時々家で、麦茶飲ませてもらいよったよ。ナギは覚えちょらん?」  塾帰りの凪斗(なぎと)は遅い夕食を食べている。  カレーをほおばった口を動かしながら「覚えちょらん」と言った。 「うちが中学生じゃったけぇ、ナギはまだ3歳か4歳くらいじゃね。そら覚えちょらんわぁね」
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