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 岬の家の石畳に、タクシーが横付けされた。 「あ、帰ってきた」  タクシーから降りた洋信は、珍しくスーツだ。  背が高いので、遠目で見ると良く似合う。  髪型さえ何とかすれば、もっとカッコいいのに。もったいない。  その髪が、風に煽られて、たてがみのように逆立っている。 「あ……」  外で友達の迎えを待っていた汐浬が、洋信にかけよった。  長い髪がワサワサとなびいている。セットが台無しだ。  洋信は微笑んでいる。  スカートを押さえる汐浬の仕草に、慌てて手を振り回す。  長い腕が、焦っているのに悠長に動く。  洋信には、スマートに女性を気遣うなんて芸当はできそうにない。  風に飛ばされそうな汐浬を守ろうとしても、モタモタしてかっこ悪い。  かっこ悪いのに。  どこをどう支えようかと、パニックになって余計にみっともないのに。  汐浬が笑って、洋信も笑った。 『だだだだだだいじょうぶですか! 汐浬さんっ』 『大丈夫じゃないっちゃ、髪が~! 髪が~! あ~ん』  なんて、会話をしているんだろうか。  一人アテレコする自分の方が恥ずかしくなる。  汐浬の笑顔。  焦る洋信の照れ笑い。  洋信は背が高くて、汐里は美人だ。  悪くないカップルだ。  洋信は汐里のわがままを、きっとうろたえながらも受け止めることができるだろう。  汐浬だって、まんざらでもないはずだ。  海運王の子孫だし。  優しいし。  誠実だし。  頭いいし。  理想だってある。  強い意思のある目をしている。  黒縁メガネを取ると、そこそこ良い顔なのだ。 「脱ぐとすごいんよね、あの人……」  濡れた胸元が脳裏をよぎって、落ち着かなくなった。  目ざとい汐里でも、あの体には気づいていないだろう。  汐浬は迎えの車に乗った。  洋信は優しい笑みで、手を振っている。  少し見送り、くるりと背を向け、石畳を歩きだすあの背中を、そうだ、初めて見たのも、風の強い夕暮れだった。  きっとあの日から、風向きが変わったのだ。  自分の中で。  何かが……。  凪斗は、ジャケットを掴んで階段を駆け下りた。 「どっか行くん? ナギ」  リビングから、母が声をかける。
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