234人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
岬の家の石畳に、タクシーが横付けされた。
「あ、帰ってきた」
タクシーから降りた洋信は、珍しくスーツだ。
背が高いので、遠目で見ると良く似合う。
髪型さえ何とかすれば、もっとカッコいいのに。もったいない。
その髪が、風に煽られて、たてがみのように逆立っている。
「あ……」
外で友達の迎えを待っていた汐浬が、洋信にかけよった。
長い髪がワサワサとなびいている。セットが台無しだ。
洋信は微笑んでいる。
スカートを押さえる汐浬の仕草に、慌てて手を振り回す。
長い腕が、焦っているのに悠長に動く。
洋信には、スマートに女性を気遣うなんて芸当はできそうにない。
風に飛ばされそうな汐浬を守ろうとしても、モタモタしてかっこ悪い。
かっこ悪いのに。
どこをどう支えようかと、パニックになって余計にみっともないのに。
汐浬が笑って、洋信も笑った。
『だだだだだだいじょうぶですか! 汐浬さんっ』
『大丈夫じゃないっちゃ、髪が~! 髪が~! あ~ん』
なんて、会話をしているんだろうか。
一人アテレコする自分の方が恥ずかしくなる。
汐浬の笑顔。
焦る洋信の照れ笑い。
洋信は背が高くて、汐里は美人だ。
悪くないカップルだ。
洋信は汐里のわがままを、きっとうろたえながらも受け止めることができるだろう。
汐浬だって、まんざらでもないはずだ。
海運王の子孫だし。
優しいし。
誠実だし。
頭いいし。
理想だってある。
強い意思のある目をしている。
黒縁メガネを取ると、そこそこ良い顔なのだ。
「脱ぐとすごいんよね、あの人……」
濡れた胸元が脳裏をよぎって、落ち着かなくなった。
目ざとい汐里でも、あの体には気づいていないだろう。
汐浬は迎えの車に乗った。
洋信は優しい笑みで、手を振っている。
少し見送り、くるりと背を向け、石畳を歩きだすあの背中を、そうだ、初めて見たのも、風の強い夕暮れだった。
きっとあの日から、風向きが変わったのだ。
自分の中で。
何かが……。
凪斗は、ジャケットを掴んで階段を駆け下りた。
「どっか行くん? ナギ」
リビングから、母が声をかける。
最初のコメントを投稿しよう!