岬の家

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「あの子、どんな大人になっちょるかねぇ。オタクにでもなりそうな子じゃったけ、東家もどうなることやら」  赤いマニキュアの指先を、満足そうに眺めながら汐里が薄く笑っている。  汐浬は、家にいる時はすっぴんのパイナップル頭だが、化粧をするとかなりの美形になる。  デパートの化粧品販売員なので、清楚な美人から、華やかな美女まで、化けるのはお手のものだ。  『この美貌で玉の輿にのる』つもりらしいが、いまだかつてそれらしい彼氏の話は聞かない。  本人は『美人過ぎて男が寄り付かない』と言っているが、凪斗は汐浬の、わがままな女王様気質の所為だと思っている。  お人好しで情に厚い母から、どうしてこんな性悪女が生まれたのだろうか。  父は、凪斗が物心ついたころから単身赴任が続いている。月に数度会えればいい方で、何か月も帰ってこない時もあり、存在感はない。  汐里にとって父は、冴えないサラリーマンの代表で、絶対に結婚したくないタイプなのだそうだ。  父を見る冷めた目つきはちょっと怖い。あんな目をして男を見ていたら、そりゃ誰も寄り付かないだろう。 「ああは言うても家柄はええけ、もう結婚しちょるかもよ」  母の言葉に、汐里のこめかみがピクっと反応した。 「没落した海運王なほに? じーさんも長男さんも普通のサラリーマンじゃん」 「ちゃんとした企業に勤められちょってよ? それだけで立派じゃろう? 汐浬は相変わらずサラリーマンが嫌いじゃねぇ」 「平社員がすかんほ。覇気がないっちゅうか、死んだ魚の目ぇしちょおのが気色悪い」」 「選り好みしよると行き遅れるよ」 「ほっちょいてぇや。あたしは妥協しない女なそ!」  キッとにらむ目つきは凄みがある。  凪斗は小学生の頃に、汐浬の弟と言うだけで、遠巻きにされたことがあった。  いったい何をしでかしたのか、ろくな話ではないだろう。  母が、よその子をいじめたのではないかと心配するのも頷ける。 「海運王て?」  食べ終えた皿を、シンクで洗いながら聞いてみた。  こういう時は話題を逸らさなければならない。気の利いた弟の役目だ。
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