回想

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五歳の息子が粘土で遊んでいる。 私は息子が手を動かしながらいくつも団子をつくる姿を視界の端にとどめていた。 私の瞳がまっすぐとらえているのは、リズムよく動く自分の両手だ。 トントントンと形のよいみじん切りが次々に出来上がっていく。 ここまで上手にできるようになるまで、どれくらい練習しただろう。 不意に鼻で息を吸い込んでしまい、しまった、と思った。 玉ねぎを切ると涙が出るのは、催涙性の物質が粘膜に刺激を与えるからだという。 私の場合、メガネをして鼻で息を吸い込まないように気を付けているとほとんど涙が出ることはない。 ツーンという刺激がきて、涙がこぼれた。 突然彼の言葉を思い出す。 「謝罪の言葉はいらない。僕たちは共犯者だったろ」 彼はわざと人の多いカフェで別れ話を切り出した。 私が泣きわめいたりしないように。 そういうずる賢いところを、私は尊敬する。 「奥さんに謝らせてください」 その一言を彼は片手で制した。 まるでキャバクラのキャッチをさらっとかわすような仕草だ、と思った。 玉ねぎが目に染みるような痛みが、 眼球の裏側の骨の近くから、じわじわと涙腺を刺激するが、堪える。 「いいんだ。ただ、もう二度と二人では会わない。それだけでいい」 彼はそれ以上何も言わなかった。 あんなに私を愛したくせに。
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